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発達障害がある被告へ、求刑を超える判決。その理由は、「障がいに対応できる施設がない」や「長期間の刑務所収容が社会秩序の維持につながる」

発達障害がある被告へ、求刑を超える判決。その理由は、「障がいに対応できる施設がない」や「長期間の刑務所収容が社会秩序の維持につながる」

2012年8月4日


さきほど、朝日新聞のニュース(デジタル版)を読んでいたら、「発達障害者への求刑超す判決、支援団体「認識に誤り」」という記事が出てきました。

姉への殺人罪に問われた裁判で、大阪地方裁判所は、検察の懲役16年の求刑に対して、懲役20年が言い渡されたそうです。


判決理由が...

1)被告の障害に対応できる受け皿がない

2)長期間の刑務所収容が社会秩序の維持につながる

とのことです。

判決文を読んでいませんし、新聞記事からの情報でしかありませんが、時代錯誤としか思えない判決理由です。


2006年には「障害者自立支援法」が制定されました。

2008年には、研究でも、2008年に「わが国の障害者施策における脱施設化・地域移行は、具体的数値目標に基づいた実施段階にすでに入っている」(樽井, 2008)と発表されています。

それに先んじ、1997年には「障害者プラン-ノーマライゼーション7か年計画-」が出され、1996年から2002年までに、以下の「視点」を定めました。

*****

1)地域で共に生活するために

2)社会的自立を促進するために

3)障壁の除去(バリアフリー化)を促進するために

4)生活の質(QOL)の向上を目指して

5)安全な暮らしを確保するために

6)心の障壁(バリア)を取り除くために

7)我が国にふさわしい国際協力・国際交流を

*****

具体的な施策目標も提示されていますが、6)に関しては述べられていません。


ノーマライゼーションでよく言われることは、「歩道の段差」や「駅のエレベーター」、「放置自転車」といった「物理的バリア」が述べられます。

しかし、本当に大切なのは「精神的バリア」を取り除くことです。


「サポートがあれば『できる人』なんだ」という認識を持つことです。

障がいがある子どもと障がいがない子どもを分ける分離教育をやめることです。

地域社会の中で障がいがある人が出歩くことにより、障がいがない人も、「あ、一緒の住人なんだ」という認識を持つことです。




それは置いておいて、日本でも、障がいがある人であっても、地域の中で生活していくことができる環境を整えていくことが「流れ」となっています。




私がアメリカで生活をしていた頃、発達障がい、脳性まひ、身体的障がいなど、非常に重度で重複して障がいがある人たちが生活している住宅街に建つ一軒家、グループホームでボランティアをしました。

Therapeutic Recreation (セラピューティック・レクリエーション)という領域を学んでいた頃です。


グループホームで生活している彼ら、彼女らも人間であり、人生の質を向上し、楽しみ、有意義に過ごす権利を持っています。


レクリエーション面では...

公園にお散歩に行きました。

YMCAのプールに行きました。

STOMPというショーの講演に行きました。


生活面でも...

バスに乗りました。

買い物に行きました。




今回の判決は...

「障がいがある人を地域では受け入れられないから、刑務所にいなさい」

「障がいがある人が地域で生活していると、社会秩序が維持されないから、刑務所にいなさい」


という理解ができます。


一つ目の判決理由は、国の施策を批判し、二つ目の判決理由は、脱施設化の流れに逆行したもので、差別を助長するものです。


日本は、技術力も経済力も先進国です。しかし、知的な面を考えると、到底「先進国」と呼べる国ではない、と考えています。


中山恵一(くま)
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