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【くまプロジェクト】  6月29日(金)~7月1日(日) 宮城県山元町 参加者募集!

【くまプロジェクト】  6月29日(金)~7月1日(日) 宮城県山元町 参加者募集!

人が少ないのですっ!!! 一緒にいきましょー <(_ _)>

タスケテクダサイ


企画名: 6月29日山元町


実施場所
 宮城県亘理郡山元町

実施日程
 2012年6月29日(金)~7月1日(日)
 
 6月29日(金)
 20:00 千葉県浦安市 明海大学 駐車場 出発
 21:45 栃木県下都賀郡壬生町 獨協医科大学 看護学部棟裏 出発

 7月1日(日)
 20:00 栃木県下都賀郡壬生町 獨協医科大学 看護学部棟裏 到着
 21:45 JR 東京駅 丸の内中央口 到着
 22:30 地下鉄東西線 浦安駅、JR 新浦安駅、明海大学 到着
 深夜  千葉県 東関東自動車道 佐倉IC、千葉県八街市近辺


宿泊
  普門寺住職の借家(一軒家、一階部分3部屋)または、普門寺本堂


活動内容
 6月30日(土)
  山元町内の見学

  見学終了後、希望により、支援活動(ボランティア活動)

   活動内容は...
    1)普門寺でのお寺再生プロジェクト
       ・被災したお寺の壁を新しく張るためのビス(ねじ)抜き
       ・お寺内の柱磨き
       ・お寺、境内、事務所の整理、清掃
    2)テラセン(お寺災害ボランティアセンター)による要請ごと
       ・被災した民家の再生作業
       ・植樹、植栽、畑の再生活動
       ・その他、当日のニーズによって決定
    3)宿舎(借家)での作業
       ・仮本堂へ通じる通路の整備
       ・仮本堂入口の屋根の設置
       ・宿舎内の整理、清掃

   夕食は、被災された方との会食(予定)


 7月1日 (日曜日)
  宿舎内の清掃グループと、外での作業グループに分かれる。
  正午過ぎに山元町を出発(昼食は車中、コンビニ食)
  午後は、福島県で風評被害に遭ったリンゴ園を訪問(予定)


参加費用
 学生1万円、一般1万3000円

 くまプロジェクト会員は、2千円引きです。

 入会金 学生:無料、一般:5千円
 年会費 学生:5,000円(議決権なし)、一般:10,000円(議決権あり)、OR 8,000円(議決権なし)

 会員申込については、メール(kumaproject.info@gmail.com)でお問い合わせください。

 参加費用には、以下は含まれません。
  ・レンタル品
  ・ボランティア保険(こちらで加入します。天災Bタイプ。年度で720円)
  ・2日目の朝食、3日目の昼食、夕食
  ・自己消費物品(お菓子、おみやげ、など)

中山くま
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【くまプロジェクト】6月16日 山元町:木の撤去、海砂(雑草)撤去、普門寺本堂の整備をしました。

【くまプロジェクト】6月16日 山元町:木の撤去、海砂(雑草)撤去、普門寺本堂の整備をしました。

2012/06/16

 今週も、宮城県山元町に来ました。
 今回も、宇都宮の仙都工業、佐々さんから中型車のユニックローダー、それに 0.1立方メートルのユンボをお借りしました。


 今日(6月16日、土曜日)は、単にチェーンソーでは切り倒せない木々の撤去です。

 一件目は、樹齢100年を超える見事な枝の松です。

 枯れてしまっています。

 ユニックで横枝を吊り、チェンソーで横枝を切り落とします。
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 そして、幹を吊り上げるように固定し、根本をチェーンソーで切ります。
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 家主さんは、「すっきりしたねー。お隣の壁がこんなに見えるなんてねー」とおっしゃっていました。また、こうもおっしゃっていました。

 「ちょっとさみしいね」


 そして二件目は、電線に寄りかかりそうな枯れ木です。

 これは、電線に掛からないような方向にロープを張り、ユンボで引きながら、チェーンソーで倒しました。


 午後は、先週からの引き続きであった普門寺の裏に堆積している海砂と、そこに生える雑草の撤去です。

 
 今回も明海大学ホスピタリティー・ツーリズム学部から、男子学生が帯同してくれました。

 彼は、普門寺の中の整備を mixiの中でのコミュニティーで集まった mixi山元救援隊(通称、mixi隊)と共に、普門寺の本堂の中で、「お寺再生」のための整備をしていました。

 本堂の中にある横柱(?)を磨き、ピカピカになりました。
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 夜は、mixi隊を始め、多くの人が風船をふくらましています。ある目的があってのことですが、楽しそうにやっていて、いい感じです (^^)v
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中山恵一(くま)

私が明海大学で学生だった頃から働いている方と、いま、同じ職場である明海大学で働いています。

私が明海大学で学生だった頃から働いている方と、いま、同じ職場である明海大学で働いています。

2012/06/12

 写真の方は、私が大学生だった○○年前から、明海大学で働いていらした方です。
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 当時から、「あ、いつもの掃除のおばさんだ(失礼...)!」と思って、挨拶をしていました。

 いま、明海大学の日本語研修課程(別科)で英語を教えています。その建物は学部などとは離れたところにあるのですが、その建物の清掃担当をされるようになりました。

 初めて別科の建物でお目に掛かったとき、お互いに「あっ!」という再会でした。

 学生時代の私を知っていて下さった方と、いまは一緒の職場で働いている。

 とてもうれしい思いです。


 最近、部屋の片付けをしていたら、学生時代の写真が貼られたポスターが出てきました。これは、学生時代に学友会という学生自治会で会長選挙に立候補し、当選したときのポスターです。 

 あまり変わってない、ですよね????
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中山恵一(くま、当時は「うーたん」が通り名でした)

【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その3)東北自動車道でトラックの左前のタイヤがバーストしました。

【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その3)東北自動車道でトラックの左前のタイヤがバーストしました。

2012/06/12

 トラックの左前がバーストしました。
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 大型車のタイヤの空気圧は非常に高く、爆発的な破裂だったために、タイヤハウスの上部カバー、泥よけなどが吹き飛んでしまいました。


 昨年末に、卒業生で、いまは中学校教諭の藤枝信治くんと4トンダンプと今回のローダー、ユンボ2台を佐々さんからお借りしたとき、藤枝くんが運転する4トンダンプの左前がバーストしました。

 そのときは、藤枝くんと二人で交換したのですが、昨日、今回帯同してくれた池滝さんは授業の関係で帰宅したため、一人なので交換作業はせずに待機していました。また、バーストした場所が良く、路側帯が通常よりも広いところで、追突されたり路側帯からはみ出て、走行中の車両に迷惑を掛けることもありませんでした。ただ、あと数十メートルも進むと、よくある路側帯の幅に戻ってしまうところでギリギリの所に停車することができました。
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 タイヤは重いので、一人で無理をして、タイヤが本線にコロコロと行ってしまったら大変なので、佐々さんがお仲間と来て下さるのを待っていました。お嬢様も一緒に来てくださり、懐中電灯で手元を照らしてくれました。

 現場まで来ていただき、感謝の気持ちなのですが、またやってしまつて大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。

中山恵一(くま)

【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その2)重機などを使っての作業:岩の移動、海砂の撤去

【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その2)重機などを使っての作業:岩の移動、海砂の撤去

2012/06/12

 6月9日と10日に、出来るだけ早く動かさなければならない岩の移動の作業をしました。
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 これらの岩は、元々は家の庭石だったものだと思われます。石屋さんの話ですと、これらの岩は、近隣の丸森町で採れたものだそうです。

 これらの岩は、ここにあると遅かれ早かれ撤去されてしまいます。撤去されるということは、廃棄されてしまう、ということです。あまりにもったいないことです。

 これらを有効活用するために、テラセンで活動するボランティアのために、仮設の岩風呂を作ろう、ということになったそうで、その作業をするために、今回は山元町で活動してきました。

 ボランティアは、基本的にはすべて自己完結です。すなわち、宿泊、風呂、食事、洗濯など、すべて自分でやるべきものです。しかし、これから暑い時期になってきて、活動した後に汗と汚れでドロドロになるボランティアのために、汗を流してもらえるようにと、今回の岩を使って岩風呂を作ろう、という話になりました。

 当然ですが、非常に大きく、重いものです。写真のものでも、1トン近くある、ということです。
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 これらを移動するには人力では到底無理な話なので、今回、宇都宮の仙都工業の佐々さんより大型トラック、ユニック(クレーン)付きのローダー(重機運搬車)をお借りし、それに0.25立米(立方メートル、りゅうべ)クラスのユンボ(別名:バックホウ、ショベルカー、油圧ショベル、掘削機)をお借りして載せてきました。

 スリングと呼ばれる荷吊り用のロープで岩を巻き、ユニックで吊り上げてローダーに載せていきます。

 小さめの岩は、ユンボのバケットで岩をすくい上げて、そのままローダーに積んでいきます。
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 そしてテラセン事務所の横に岩を置いていき、岩風呂を作りました。
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 小さな岩はテラセンが管理している小型のユンボで移動できるので、大きな岩を設置した後は、小さな岩は別な場所に保管しました。ローダーから下ろす際には、岩をユンボのバケットと排土板と呼ばれるブルドーザーの部分ではさみ、下ろしました。
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住職も荷下ろし作業のためにユンボを操縦していらっしゃいました。
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 そして、10日の午前に、移動すべき岩の移動は完了しました。
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 しかし、まだ重機やユニックを使わなければできない作業が多くある、とのことでした。

 その一つに、下の写真のように、普門寺の裏にある元々は畑だった場所です。ここには土の上に海砂が堆積して地面の高さが高くなり、そこに雑草が生えてしまいます。そのために、地面の高さを戻さなければなりません。
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 このような広い場所は、大型の重機でなければ効率が悪いだけではなく、仕上がりがガタガタになってしまうこともあります。

 このような作業のために、大切な機械を快くお貸しくださる仙都工業の佐々さんには心から感謝申し上げます。


中山恵一(くま)


【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その1)普門寺内外の現状と、震災直後の様子など。

【くまプロジェクト】6月8日~10日 山元町での活動:岩の移動、普門寺本堂の清掃、海砂の撤去作業を行いました。(その1)普門寺内外の現状と、震災直後の様子など。

2012/6/12

先日、途中まで報告していましたが、続き & 写真をアップします。

普門寺の周囲には、木々が植えられており、色も鮮やかになってきました。
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下は震災直後の様子ですが、これと比べると、着々と「お寺再生」という当初の目的へ向けて進んでいるのを感じました。
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今はテラセン(お寺災害ボランティアセンター)の事務所となっている本堂の横にある住職の住居となるはずだった家、ここもドアの位置が変わり、壁も補修のために撤去され、こちらも復旧に向けて作業が始まったようです。

しかし、ここは大工さんが入ったり、業者が入るのではなく、少しずつ手作り感覚で住職が直していくそうです。そちらのお手伝いも必要になっていきそうです。
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これは震災直後の写真です。
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これは、いまはテラセン事務所となっている住居の一階部分の震災直後の様子です。
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再生に向けては、本堂の中でも進んでおり、きれいに飾り付けられていたり蛍光灯のカバーがついていたり、天井の板が貼られていたり、床が新しくなっていたりと、ここだけをみたら、被害に遭ったことが分からない程だと思います。
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明海大学生 根本里奈さんが震災翌日から一人で作り始めて、ファミリーレストランで隣の席にたまたま座った人が、一緒に作ってくれて、根本さんの仲間も協力して作った千羽鶴や、私の姉が勤務する会社の有志が作った千羽鶴も、本堂の中に飾られています。
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震災直後の本堂の写真です。
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なお、この本堂内も震災直後と比べるときれいになっていますが、これから壁(石膏ボード)を貼ったり、その準備のために、残っているビスを抜いたりとまだまだすることがたくさんあります。


3月11日に「おにぎり隊」でお手伝いをしたときに、くまプロジェクトをサポートして下さっている WITH株式会社の丸山さんが、お寺の敷地内でお寺にいらした方を案内されていたとき、お寺にいらした方が「あー、ここは被害が無かったんですねー」と仰っていたのを聞き、「過去を残すために看板を作ろう」という発想を出してくださいました。

たった一年で、津波被害に遭ったのにも関わらず、それが分からない、想像できない、または忘れられている、そのような状態です。

事実として起こったことを残し、示していかなければなりません。


普門寺本堂では、翌10日(日曜日)に法要や納骨が予定されていたので、副住職と明海大学生で今回帯同してくれた池滝万葉さんが掃除や準備をしていました。


中山恵一(くま)

山元町で、岩の移動作業をしました。ボランティアの人たちが入ることができるような風呂場を作ることです。また普門寺の清掃をしました。

宮城県山元町で、岩の移動作業をしました。ボランティアの人たちが入ることができるような風呂場を作ることです。また普門寺の清掃をしました。

2012/06/09

9日に梅雨入りとなった山元町。梅雨が明けると暑い夏がやってきます。

暑い時期は、汗をいっぱいかきます。

その汗を流したり、のんびりする場所、お風呂が必要です。ですが、隣町の亘理町にあった入浴施設は災害被害に遭い、営業していません。

そのため、多くのボランティアは、以前の私もそうでしたが、遠くの入浴施設に行っています。そのため、仮設としてでもお風呂を作る必要があるのです。

また、提供してくださる岩はすべて撤去しなければ、処分される可能性もありました。

このような状況でしたので、早く作業をしなければなりませんでした。

続く…

6月8日(金)~10日(日)まで、宮城県山元町で急遽、活動をしてきます。今回も、宇都宮市の仙都工業の佐々さんに大型ユニックローダーと0.25立方メートルのユンボをお借りしました。ご自宅で夕食もいただき、出発してきました。

6月8日(金)~10日(日)まで、宮城県山元町で急遽、活動をしてきます。今回も、宇都宮市の仙都工業の佐々さんに大型ユニックローダーと0.25立方メートルのユンボをお借りしました。ご自宅で夕食もいただき、出発してきました。

2012年6月8日

 今回は、岩を動かすということで、重機とユニックが必要でした。宇都宮の佐々さんにご相談申し上げたところ、週末にお借りすることを快くご承諾いただきました。

 金曜日は、栃木県の大学で授業があったため、その後、学生(明海大学ホスピタリティー・ツーリズム学部3年、池滝万葉さん)が浦安から宇都宮まで来て、合流し、トラックをお借りして出発する予定でした。

 途中、佐々さんの会社まで乗って行った自家用車の車内灯が点いているとのことで戻り、消しました。そこで、佐々さんが「うちでごはんを食べていかない?」とおっしゃってくださり、おいしい料理をごちそうになりました。

 高速は順調で疲れもせず、宇都宮からノンストップで山元町まで到着しました。


 さて、今回計画されていることは、大きな石の移動、とのことです。モノを見ていませんのでなんとも言えませんが、かなり大きそうです。

中山恵一(くま)

帰宅途中の深夜、車両のみ通行可能な立体交差を台車を押したおじいさんが、突然ヘッドライトで浮かび上がりました。住むところも、仕事も、家族もない80歳代の方でした。

帰宅途中の深夜、車両のみ通行可能な立体交差を台車を押したおじいさんが、突然ヘッドライトで浮かび上がりました。住むところも、仕事も、家族もない80歳代の方でした。

2012年6月2日

 昨夜、仕事を終えて、JR新浦安駅から地下鉄東西線浦安駅へ向かう大通りを走っていました。

 周りは、駅から乗客を乗せたタクシー、駅へ戻るタクシー、速いスピードで走っています。私は左車線、タクシーは右車線を走り、国道357号線(湾岸道路)との立体交差(通称、浦安インター OR 浦安立体)を通過しようと、坂を上がっていました。

 突然、私の車線を走っていた前の車が強いブレーキを踏み、右に車線を変えました。

 その直後、私が運転する車のヘッドライトに、台車を押したおじいさんが浮かび上がりました。左車線の真ん中を歩いています。

 強いブレーキを踏み、ハザードランプを点滅させました。

 あまりに危険な状況のため、110番をし、ゆっくりゆっくり台車を押して歩くおじいさんの後ろをブレーキを踏みながら、ついていきました。

 左側から、国道から分かれた車が合流してくる車線があります。そこに差し掛かると、ゆっくり歩くおじいさん、人が歩いているとは思わないで、クローバー型のカーブを走ってくる車。

 これ見よがしに純正ではないクラクションを鳴らし、わざとのようにおじいさんに寄って行き、すり抜けて行くドレスアップしたワンボックス車。

 本線と合流車線が交わり、一時的に3車線になる場所で、かつ後続車から追突される危険性が低い場所でおじいさんを抜き、停車し、おじいさんを車の前方、ヘッドライトの前に誘導しました。

 
 耳が遠いおじいさんで、話を聴くと、住むところも仕事もなく、家族もおらず、公的機関から紹介されたホームレスの方を保護する施設へ歩いて向かっている途中とのこと。

 耳が遠いおじいさんとのコミュニケーションのために、コンピュータを取り出し、WORDで質問したいことを書き、警察へ情報提供するために、ノートに記録を取りました。


 警察が到着すると、「今日、扱った人だ」とのこと。

 昼間にも道路を歩いていて、別な警察に保護されたそうです。


 昼間に浦安市の公的機関に相談しに行ったところ、浦安市内にはホームレスの方を保護する施設がないので、2つ離れた市の施設を紹介され、そこへ行ったところ、理解の相違などがあったらしく、また、浦安市の公的機関へ相談するために浦安へ戻り、荷物を置いてある2つ離れた市へ歩いて向かう途中で、私が出会いました。


 大きな疑問が私の頭の中に浮かびました。

 「なぜ、保護が必要でそれを求めている人、なぜ道路を歩いていて保護された人、その人がまた一人で深夜に大通りを歩く事態になったのか??」


 警察の方にも、多少感情的な言葉遣いや態度をしてしまいました。

 人生に悲観をして、これまでに数回の自殺未遂をしたそうです。

 
 その方を始め、多くの保護を必要としている方々が必要な保護を受けることができ、就労を望む人にはそのような機会を提供できるような、そのような社会が形成されることを願っています。

 「ノーマライゼーション」や「バリアフリー」に関する講義をしてきた金曜日の夜に体験したことです。

中山恵一(くま)
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