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(写真のみ)ラジオの生放送中の住職と、テラセンセンター長の藤本さんです






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檀家の方々が昼食をご用意くださいました。本堂の準備が進んでいます。ラジオの生放送取材が入りました。

















12月30日 お昼、午後@テラセン、普門寺


午前中に片付けの作業を終え、テラセンに重機を持ち帰ると、普門寺の檀家の方々が、お餅が入った豚汁のような汁物と、アンコ餅、お漬け物をご用意頂いておりました。

檀家の皆さんは口々に「ありがとうございます」や「本当にお疲れ様です」と仰ってくださいます。


来たいから来ている。

やりたいからやっている。


そんな風に思っている私には、お礼を言われると、逆に気恥ずかしいというか、背中がむずかゆくなるというか、「いえいえ、お礼をされるなんて、とんでもないことでございます」と思っちゃいます。

でも、お礼をされるとうれしいのは確かです。

「また来たいなぁ」と思っちゃいます。


藤枝信治くんは、4トンダンプのタイヤを交換に行ってくれて、帰ってきてから食べていました。



重機のバッテリーが弱っており、バッテリー液も少なかったので、バッテリー強化液を買ってきてもらい、補充しました。

気温が低いので、バッテリーの性能も落ちていることでしょう。


16:00頃にテラセンを出発しました。

中山恵一(くま)

壊れかけの家の柱や梁を取ったあと、地面をキレイにしました











12月30日 宮城県山元町テラセン 午前

昨日からの継続で、昨日のお宅を片付けさせていただきました。

家主の方が、壊れて放置された家を見ると、きっと辛い気持ちが続くだろう、という住職の想いから、散乱していた崩れた家の部材を種類ごとに分類し、山にして、更地にしました。


片付けをしているときに、尋常小学校の修了証書、津波がこの家を襲ったであろう時刻で止まっている振り子時計、鉄でできたお面、壊れていない花びん、…

生活していたころのもの、思い出の品、“ガレキ”の中からでてきます。

間違いなく人が生活していた家です。

あまりにも突然、一瞬にして何十年、何世代にも渡って生活していた家が破壊されました。

それを重機で片付ける…


やはり複雑な気持ちです。

中山恵一(くま)
前回のブログでも書きましたが、

作業は、解体する OR した古い家の柱や梁を頂いてくることでした














12月29日 宮城県山元町 お寺災害ボランティアセンター(テラセン)

写真のトラックと重機が、今回お借りしたものです。

私は緑のユンボを使いました。パワーがあり、ゆとりを持って活動できました。


今日、普門寺に移動した柱や梁は、そのままでは単なるゴミになってしまうだけです。

しかし、家主さんは「何かしら家の物が残って、使ってもらえるならうれしい」と仰ります。

その柱や梁をスリングと呼ばれるロープで吊り上げるために近づくとき、キャタピラで倒れた壁や瓦を踏んでいます。

いわゆる「材木」からイメージするようなものは一ヶ所に山を造ります。バケットで押したり、引寄せたり。

崩れ落ちそうな押し入れをバケットで壊し、中に入っているたくさんの布団をバケットで引っ掛けて、別な山を造ります。

生活していたその場所を重機で片付けていきます。

なんとも言えない感情です。

中山恵一(くま)

タイヤがバーストしました



12月28日

 いつも重機を貸していただいております宇都宮の仙都工業、佐々様から、大型ローダー&0.25のバックホー、4トンダンプ兼ローダー&0.18のバックホーを年末年始の休業中、お貸しいただきました。

 私の授業を履修し、現在は中学校の英語教諭をしている藤枝信治くんは、学生時代の同期とパーティーがあったのにも関わらず、ダンプの運転を快く引き受けてくれました。

 佐々様の奥様が夕食をご自宅で準備をしていただいているということで、美味しく、お腹いっぱいにいただきました。

 写真が無いのが残念ですが、ナス、ピーマン、いんげんに似たものなどを小麦味噌で炒めたもの、エビのさつま揚げに似たもの、ひき肉や唐辛子などを炒めてご飯の上に載せ、黄身がトロトロになるように油で揚げた玉子といったタイ料理、おから、粕汁などを頂きました。

 粕汁は、栃木では「しもつかれ」という料理に似ているそうです。


 たくさん美味しくいただき、宇都宮を出発しました。

 藤枝くんが先行し、私が大型で後を走ることにしました。

 明海大学4年、大石真永くんのご親類から、子ども用の服など、15箱近くをお預かりしており、それをダンプに載せていたので、その監視と、私が先行してしまうと、藤枝くんのペースで走れなくなり、焦らせてしまうのではないか、と思ったからです。

 日が変わり、午前0時40分頃、「バンッ!」という音が聞こえ、走行車線を走っていた藤枝くんが、スローダウンして路肩に入っていきました。

東北自動車 下り線 須賀川インターまで1キロの地点です。

 左前がバーストした、ということだったので、すぐに道路緊急連絡番号の「#9910」に電話をして、高速会社の巡回車の到着を45分ほど車内で待ちました。

佐々様が、万が一の時のために、タイヤのナットを外す工具を車内に入れておいて下さったため、16分の1の力でナットを外すことができました。

高速会社の職員によると、そのような工具は大手の運送会社でもほとんど持っておらず、「とても素晴らしい会社なんでしょうね」と言っていました。

スペアタイヤに付け替え、安達太良SAでタイヤに空気を入れ、バースト後、非常に慎重にゆっくり走行で宮城に向かいました。

心配していた雪はまったく降らず、無事に到着しました。


 ちなみに高速会社の職員は2交代制で、一日に1300キロ以上走るとのことでした。


中山恵一(くま)

檀家に心の寄る辺再び 普門寺住職 本堂復旧へ奮闘 山元


 少し古い新聞ですが、地方紙、河北新報で山元町の普門寺住職が取り上げられた記事です。

 2011年08月13日土曜日 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110813_08.htm

中山恵一

大雪でーす (^o^)/



ノーマルタイヤでーす (*^o^*)


テラセンがある山元町では、雪どころか雲もありませんでした。

少し内陸に入ったらこれです (^_^;)


中山恵一(くま)

被災された方の表情の奥に抑え込んでいる思いを想像してください

12月23日 金曜日

今日は午前中から100名分のカレーを作りました。

住職、長野からの長期ボランティア・松崎さん、今回参加の2名に加えて、地元の方お二人と小学校4年生の女の子で作りました。

一段落したとき、手伝いに来てくださったお二人を囲んで、話をしていました。

震災直後の話になり、お一人は「兄弟が来てくれてけど、正直、家族と言えども会いたくなかった」と仰っていました。

家族であっても、津波被害を受けてはいない。

どんなに話をしても、この経験や感情を理解してはもらえない。

そういう気持ちになっていらしたそうです。


またよくテレビなどに、「元気です!」や「支援ありがとう!」などと書いたホワイトボードを掲げ、にこやかに、笑顔で映っている被災された方がいらっしゃり、それを観た人は「震災に遭ったのに笑顔でメッセージを書いているなんて、どんなに強い人なんだろう」と感じたことがある人は少なくないと思います。

これに対しては、かなり強い口調で、「あれはウソ。みんな心の中は、辛い気持ち、悲しい気持ち、喪失感なんだけれど、表向きには笑顔で映るんだ。それが期待されていることだから」と仰っていました。

元気そうに話していても、実は悲しみでいっぱい。そんな感情を圧し殺して生活し、メディアに露出さているのです。

「あー、笑顔だ。元気になってきたんだ」と思うのは早計であることがよく分かりました。

最後にこう仰っていました。

 「それが東北人の気質だから」



中山恵一(くま)

本日から山元町クリスマスパーティーの手伝いです

普門寺住職の発案で、クリスマスパーティーを開催しよう、ということになり、24日に開催されます。

地元の方はもちろん、ボランティアにも楽しんで欲しい、地元の方とボランティアの交流会になればいいな、という趣旨です。

23日の午後から、24日に提供するカレーやクリスマスケーキを作ります。

今回の宮城行きは、食べ物の準備が主な役割です。

同行してくれるのは、明海大学日本語研修課程(別科)の 賀 易安 (が いあん)くんと、クラシックバレーダンサーの 河野崇仁(かわの たかひと)くんです。


中山恵一(くま)

山元町町民グラウンド仮設住宅でクリスマス・リースを作っています







気温は低いですが、晴天です。

午前中は材料を集め、12:30からクリスマス・リース作りを始めました。

お母様方を中心に、20名ほどが集まってくださっています。

今は、外枠を作った後、松ぼっくりや葉っぱなどで飾りつけをしています。

「これキレイ」や、「これを使ったら?」など、会話をしながら作っていらっしゃいます。

中山恵一(くま)

宮城県山元町は雪が降りました




16日の夜に浦安を出発し、磐越自動車道で気温が-5度になりました。

パーキングエリアに停車したバスのヘッドライトに、雪がうっすら照らし出されました。

東北自動車道に入ると、福島西インターチェンジから先は、滑り止めが必要、との表示があり、雪が本格的に降り、窓ガラスに飛び込んでくるような風景です。

幸いにも、全車両を止めての規制はなかったので、チェーンを巻くことはなく、山元町まできました。

今日、17日土曜日は快晴です。

被災し、校庭には壊れた車が集められた山元町立中浜小学校で、今回の参加者が見学しています。


今日はこれから、仮設住宅で午後に行われる「リース作り」の材料を集め、午後からこのグループの企画運営による初めてのプログラムを実施します。

中山恵一(くま)

参加者の感想文をアップしました

ご覧ください

http://nakayamak.dyndns.org/kumaproject/

中山恵一(くま)

宮城県山元町での活動は、継続中です!


 しばらくブログを更新しておらず、申し訳ありません。

 先週末、12月9日~11日まで、明海大学の学生、他大学の学生、学生の友人でダンサーをしている人が参加してくれました。

 先週は山元第一小学校で、クリスマス・イルミネーションの飾り付けと、火曜日にビニールハウスを建てることになっている農地のゴミ撤去でした。

 その後に、福島県のリンゴ園(七印園芸)へ伺い、帰路に着きました。詳細は、可能な限り早くアップします。

*****

 今週は、明日(16日)から日曜日(18日)まで行ってきます。

 今回は、これまでの活動に加え、初めて、仮設住宅の子どもたちと一緒に、クリスマス・リースを作る企画を実施してきます。

*****

 これまでの活動に賛同してくださり、支援金を託してくださっている方々

 企画や準備、チラシづくりなど、宮城には行かないけれど「後方支援」として協力してくれている学生

 活動場所や宿泊場所を段取りして下さっている方々

 素晴らしい情報を持ってきてくれた卒業生

 一緒に宮城に行ってくれるみなさん

 ご子息が宮城へ行くことをご了承くださっている学生の保護者のみなさま

 ありがとうございます。

 みなさまのご理解とご協力で、被災された地域で活動をして参ります。


中山恵一(くま)

茨城県取手市立取手第二中学校 2年生に「つながる つなげる ボランティア」というタイトルで授業してきました 

茨城県取手市立取手第二中学校 2年生に「つながる つなげる ボランティア」というタイトルで授業してきました 


 過去に私の授業を履修し、現在は教諭として勤務している藤枝信治くんを通じたお招きを受け、12月2日に、茨城県取手市立取手第二中学校の2年生を対象に、取手市の事業として実施している「心の先生」として、「つながる つなげる ボランティア」というタイトルで授業をしてきました。

 取手第二中学校は、全校生徒が580人余り、第一学年が6学級、第二、第三学年が5学級ずつ、特別支援学級が2学級、計18学級ある取手市内で最大の学校です。

 部活動に力を注いでおり、体育系、文化系を問わず、多くの大会で優秀な成績を残しています。


 今回は、「ボランティア」についての説明や、これまでの活動の紹介、市民の責任としてのボランティアという観点から、写真をメインに紹介しながら、話をしました。

 ボランティアってなに?

 ボランティアの対象は?

 ボランティアはなぜするの?

 活動後、ごはんをもらって食べていたけど、それは「見返り」じゃないの?


 このようなことを生徒に問いかけながら、進めました。


 「ボランティア」という言葉から、その対象とする人々は、障がいがある人やお年寄りの方々、現在は東日本大震災で被災された方々などのイメージがあるかもしれません。

 しかし、ボランティアというのは「人」を対象として考えたとき、「何かを必要としている人で、そのニーズを行政サービスなどでは満たすことができない人」が対象となる、と私は考えています。

 私がミネソタに住んでいたころ、栃木県の高等学校サッカー部が、世界大会に参加するためにミネソタに来ました。しかし、英語が分からないために、審判や相手チームと打ち合わせができない、街中の移動方法が分からないなど、滞在中にボランティアが関わり、サッカー部のみなさんが困難な状態にならないようなお手伝いをしました。

 また、障がいがある人も無い人も、子どもも大人も、みんな自然の中でキャンプすべきで、また、できるはずだ、という考えを持った団体(Wilderness Inquiry)でボランティアをしていましたが、一般市民の興味関心を高めるために、イベントなどで、大型のカヌーを使って一般の方の試乗体験をすることがありました。

 これらのように、一般を対象としたボランティアもあります。


 ボランティアはなぜするのか?

 「クラス」という一つのグループを考えたとき、全員が何かしらのクラスの班活動に携わっています。「クラス」というグループの構成メンバーであり、クラス全体がより良くなるように貢献をしています。

 これを「日本」や「地球」をクラスと考えたとき、その構成メンバーである人類は、そこに貢献する何らかの活動をする必要があります。これがボランティアだと考えています。

 「ボランティア」というと、なにか大きな活動や、意味がある活動と考えてしまうかもしれませんが…

・友だちの悩みを聴く(×聞く)

・人に優しくする

・優先席ではなくても席をゆずる

・ドアを開けて待っている

… なんでもいいのです。簡単なことでもいいのです。


 「なにかヘンだな」や「私がなにかできるかな」

 そんな思いがあれば、なんでもいいのです。



 このようなことの話をさせていただきました。



IMGP3988-resized.jpg

 事前に藤枝くんにお願いをしておき、給食を食べさせていただきました。

 この日は「日本の食事」という日で、郷土料理が給食に出てきました。他にも「世界の食事」という日もあり、今月はロシア料理が出るそうです。

 一食300円未満。

 取手第二中学校では調理室があり、自校で調理しているそうです。

 おいしくいただきました。


中山恵一(くま)
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