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緊張、不安の度合いを下げる初回授業

 学期の最初の授業では、新しい学生や、前期から継続の学生が集まります。

 前期からの学生は、お互いに知っているのでグループになりやすく、新しく入ってきた学生は、そのグループに入りづらくなります。そこで、初回の授業では、これから一緒に学んでいく者として、お互いへの緊張や不安の度合いを下げる必要があります。

 私の専門は野外教育ですので、体験から学ぶ、ということを重視しています。

 そこで、本日の英語の授業では、初級のAクラス、中級・上級のBクラスの合同授業とし、英語を履修している学生同士がお互いの顔を見て、一緒に活動をすることによって、緊張感や不安感を軽くするアクティビティをしました。

 なぜAクラスとBクラスを合同でしたか? それは、学生の希望によって、どちらのクラスにも移動することを認めているからです。

 たとえば、Aクラスに行った学生が、「もう少し難しい勉強をしたい」と思えばBクラスに、Bクラスの学生が「Bクラスは難し過ぎる」と思えばAクラスに、移籍することを可能にしています。これは、学生が自らのニーズ、レベルにより近い授業をしているクラスで学ぶことが良いことであろう、という考えを我々教員がしているからです。

 もしクラスを移動したときに、見たことも話したこともない学生がいた場合、そのクラスになじむのに時間が掛かってしまい、貴重な授業時間を有意義に過ごせなくなってしまうのを避けたいのです。

 本日の授業では、Human BINGO という、5×5のマスに、「これまで仕事を5つ以上したことがある」や、「キャンプが好き」、「ルームメイトと住んでいる」など、適当に質問を書き、それを教室中を歩き回り、出会ったペアと「Hi!」と言って握手をし、それから「あなたはこれまで仕事を5つ以上したことがありますか?」や、「あなたはキャンプが好きですか?」などの質問をします。そして相手が「はい」であれば、相手にそのボックスに名前を書いてもらいます。同じ人に続けて質問をすることはできません。新たなペアを探して、ボックスから質問を作り、相手に質問をします。それを繰り返し、BINGOを目指します。

 ここで重要なのは、同じグループ内でまわしていないか、を確認することです。

 次に、一切話をせず、誕生日順に並ぶアクティビティをしました。「話さない」ということが、唯一のルールです。学生から「これはしてもいいですか?あれはどうですか?」と質問が来ますが、「話さない、というルール」としか答えません。自分で判断して欲しいからです。ここでは、指で月と日を出して確認したり、ある学生は紙に誕生日を書いて見せる、ということをしていました。面白いのは、様々な国・地域から学生が来ていますので、指で数字を表すのに国ごとに異なり、うまく伝わらないことです。「8」を示すのにも、様々あります。文化間での相違がみられ、おもしろいです。

 順番通りに並んだら、早い誕生日の人と遅い誕生日の人でどんどんペアを作っていきます。そしてそのペアで、自己紹介をします。英語でも日本語でも構いません。そこでの自己紹介は、「私は○○です。××から来ました。よろしくお願いします」という、一般的に行われている自己紹介だけで終わらせないこととしました。あなたはどういう人?どういう考えを持っている人?何をしたい人?趣味は?などなど、その人の「人」が分かるような自己紹介をしました。ペアは、自分のパートナーがどういう人か、より詳しく知るための質問も積極的に行うように伝えました。

 自己紹介が終わると、別な近くにいるペアと一緒になり、4人のグループになります。そして、新しく一緒になったペアに、自分のパートナーを紹介する、他己紹介をしてもらいました。

 今回は18人の学生でしたので、最終的には8人と10人のグループになり、次のアクティビティです。
 
 通常はフラフープを使ったアクティビティをしてから、その次のアクティビティに入るのですが、今回は学生が非常に積極的に参加してくれたおかげで、このフラフープをやめて、予定していたその次のアクティビティに入りました。

 小さな円になり、右手を自分の隣ではない人と握手します。そして、左手で自分の隣ではなく、かつ右手を握手していない人と握手します。手・腕はぐちゃぐちゃに絡まっています。これを手を離さずにほどいて、大きな円になることが目標です。各種安全管理がありますが、ここでは割愛します。

 さて、このアクティビティの流れ、どういった配慮でなされていたのでしょうか?


 初めに、動き回って新しい人と話す機会、握手、という非常に軽い身体接触があり、声を出す機会にもなります。

 次に、非言語に頼って誕生日順に並びます。これは実際のところは、次のアクティビティへの導入であり、誕生日順に並ぶことで、友だち同士が崩れます。そして、次のアクティビティで新たな人と話さなければならない状況にします。

 自己紹介。これは、自分のことを良く分かっていなければ、相手にうまく伝えることなどできません。ですので、表面的な名前、出身地だけではなく、深い自己紹介をすることで、自分自身のことを考え、それを伝える、というチャレンジです。

 次の他己紹介では、いかに相手のことを知り、それを新たに一緒になったペアに伝えることの難しさ、しかし同時に自分のパートナーを理解することにもつながります。、

 少し話すことができるようになってきたら、体の距離も近く、みんなで問題解決をしていく「こんがらがった手を戻そう」のアクティビティをしました。

 アクティビティを進めるにつれて、お互いの精神的距離感がぐっと縮まることになります。


 というような授業を今日はして、アクティビティが終わってから、Aクラス・Bクラスで使う予定にしている教科書の紹介、必要資器材の確認、授業の進め方などを教室内で発表し、あとはどの授業で、どのくらいらのレベルの教科書を使うのか、楽しみです。

中山”くま”恵一
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とんぼ


車のアンテナにとまりました

常磐山元自動車学校

 以前にもブログに書いた常磐山元自動車学校です。教習エリアには、被災した自動車置き場になっています。
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 この自動車学校では、25名の方が亡くなりました。
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 2階に上がりました。ほぼすべて流されており、残っているものはほとんどありません。
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 一方1階は、落ちてきた天井やエアコン、流れ込んできたガレキが手つかずで残っています。写真にある自動販売機は、人の手によって壊されていました。恐らく現金を盗むために壊されたのでしょう。
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 亡くなった25名の遺族は、自動車学校に対して、「避難が早ければ死亡することはなかった」として、損害賠償を求め、9月に提訴することにしたそうです。ネットで調べた限りでは、実際に提訴されたかどうかの確認はできていません。

読売新聞 (2011年7月28日09時18分 読売新聞)

毎日新聞 (毎日新聞 2011年7月22日 22時41分)

 記事では、「防災無線が大津波警報を告げ、避難を呼びかけていたにもかかわらず、学校が送迎車を出発させたのは地震から40分余りたってから」(毎日新聞)というものや、

 「防災無線もサイレンも聞こえず、大津波警報が出ていることは全く分からなかった」(河北新報)と述べる指導員もおり、実際にどうだったのかははっきりしません。

 ただ、私がテラセンで活動していた中での経験や聞いた話では、防災無線が機能していなかった可能性は高いようです。しかし、防災無線が機能していなかったからとは言え、それで避難指示が遅れたことを免責されることにはならないでしょう。

 ラジオもあったはずです。私がテラセンで活動したときには、活動先の現場には、必ずラジオを携帯するように指示され、常に持っていました。

 震度5の地震があった8月19日にも、津波注意報の発令をラジオで確認し、すぐに避難しました。

 自動車学校は、避難計画などの準備があったのかどうかは問われることになると思いますが、自動車学校だけの責任に帰するのは厳しすぎるような気がします。避難計画の策定を義務付けていなかった行政にも問題はあるでしょう。また、防災無線が機能しなかった一端は、役場に設置された無線を発射するアンテナが折れたことにも起因しているようです(過去のブログ)。

 訴訟によって、これまで甘かった事柄を見直し、より安全対策をとるようになることはあると思います。しかしそこに金銭的な賠償を含めてよいものかどうか、遺族の方の悲しみや怒りは察することができないほど、大きなものであることではありますが、個人的には悩んでしまいます。

 同じような事故が起こらないようにするには。 その原因と対策を追及することが、将来の安全にとって、賠償責任を追及するより重要な気がします。

磯浜地区の避難場所


 避難場所として指定されていた訳ではありませんが、津波の危険を感じた磯浜地区の一部の人は、高くなっている丘を目指しました。30~40人程の方が逃げて来たそうです。

 磯浜地区のお宅で作業をしているとき、休憩時間にひのきしん隊のみなさんと一緒に、その丘を訪れました。

 この写真でも分かるように、津波が来て、頂上近くまで土地がえぐり取られています。
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上から見ると、基礎だけ残った家の跡が見えます。
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 少し見にくいですが、丘の頂上に地図がありました。現在位置は、写真上の「1」と書かれているところです。その西側一帯は、黄色が強い黄緑色となっています。この色の場所は、すべて宅地でした。
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 西側を見た写真です。宅地だったのに、何も残っていません。
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 頂上には、今回の震災に当たって新たに立てられたと思う慰霊するためのものがありました。
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9月6日 夕方 テラセンでの活動


 磯浜地区のお宅で、探していた「見ざる」が見つかった後、残った大きな家具や、山にして集めてあった砂などを撤去した後、このお宅を後にしました。

 ひのきしん隊のみなさんは、宿舎に戻りました。

 まだ時刻が早かったので、私はテラセンに戻り、普門寺の外塀の基礎部分を起こす作業をしました。先日は、長い基礎部分を直しましたが、県道沿いの北側にある部分が作業対象です。

 私が戻ったときには、テラセンセンター長の藤本さんがユンボで基礎の下を掘っていました。20110906-テラセン-IMGP2987-resized

 そうして、ユンボで軽く引くと、どーんっと基礎が倒れ、元の位置に戻りました。
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 3月11日以来、元に戻りました。

9月6日 テラセンの活動


 またまた「いまさら??」のテラセンでの活動報告です。

 9月6日は、前日に磯浜地区で出会った地元の方(ここで紹介)した方のお宅の手伝いをしました。

 5日に、一人で片づけをしていらっしゃるとの話を伺い、テラセンでできるのではないか、と思い、テラセンセンター長と打ち合わせをしたところ、6日から活動に入る天理教の「ひのきしん隊」の方々と片づけをしよう、ということになりました。

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 写真のように、このお宅では基礎部分を高くしてあります。このお宅の敷地は、海抜3メートルほどとのことです。しかし、写真の住居の天井まで水が上がったそうです。ご自宅の裏には高台の丘があるのですが、津波はそれを回り込み、敷地の海抜、高い基礎を考えると、8m近くの津波が来たことになります。

 写真左が母屋で、右が離れなのですが、お子様はみな独立して実家にはいないため、ご夫婦で住むのは離れで十分なので、母屋は解体するそうです。

 まずは、離れの片づけです。

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 2時間ほどの作業で、離れの中のものを出し、床のフローリングがきれいに見えるようになりました。

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 お昼休みを取り、午後は解体予定の母屋の片づけです。
 ガラスや釘が刺さった木片があります。気を付けながら作業をします。
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 母屋には畳が多くあり、その他キッチンの中にあるものや、部屋にある家具などを外に出しました。
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 家族のものだっただろうものがたくさん散らばっています。
 
 ご主人は、石でできた「見ざる、言わざる、聞かざる」の一体を探していました。他の2体は見つかったのですが、どうしても1体が見つからないとのことで、なんとかそれを探したい、とのことでした。

 この泥、ゴミ、家具類が散乱する母屋の中で、それは干草の山から一本の針を探すようなものでした。

 すると... 泥出しをしている最中に見つかったのです!!!
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 もう、それは奇跡のようでした。
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 ご主人は片づけ中に何度も石の猿の話をしていらっしゃいました。
 ご存じのとおり、見ざる、言わざる、聞かざる、は日光東照宮に彫られたものです。沖縄旅行に行った際に石で彫られた猿を見つけ、とても気に入り、購入されたそうです。

 みんな揃って、本当に良かったです。
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 母屋は完全にはきれいになりませんでしたが、もっともご主人が見つけたかった猿が見つかり、今回の作業は終了となりました。

明海大学 別科 日本語研修課程


 9月22日は、明海大学 別科 日本語研修課程 (以下、別科) の最初の授業です。

 授業と言っても、授業のおおまかな説明をした後は、TOEICのための勉強をしたい学生を対象に、現段階でのおおよそのスコアを見るために、試験を実施しました。

 公式の試験ではないので、リスニング45分間が終わった後で、15分ほど休憩を取り、75分間の文法などのReasingテストを行いました。

 学生たちは「難しい!」を連発していましたが、今のスコアを知ることが、これからどうすれば伸びていくのか、を考えるいい機会です。期末にもう一度試験をし、どの程度伸びがあったかを見てみます。

 TOEICは、大学へ入るときに求められることもあるテストです。基本的には「Communication」を測るための試験ですので、入試の代わりに用いるのはあまり賛成できません。大学に入るための英語力を測るには、TOEFLという試験があります。こちらの方が、授業で使う英語などを測りますので、適切でしょう。

 しかしTOEICは企業でも導入されており、明海大学では、進級条件にしたり、英語教員を目指す学生が教育実習に出るための基準にしています。そのため、TOEICで良いスコアを取ることが求められる状況になっています。

 しっかり勉強して、大学に入ってからも英語で困ることがないようにしていきましょうね!>別科生のみなさんへ

「テレビの邪魔」と父を殺害容疑 群馬の大学生(朝日新聞)

「テレビの邪魔」と父を殺害容疑 群馬の大学生(朝日新聞) 記事へ

記事より:
「テレビドラマの最終回を楽しみにしていたのに、うるさかった。殺そうとは思っていなかった」
*****

 お酒を飲んでいて、うるさかったお父さん。 テレビの邪魔になるからケンカになり、結果的に殺してしまう...

 なんなんでしょう、この短絡的過ぎる行動は...

 ヘッドホンすればいーじゃない!
 ワンセグで自室で観ればいーじゃない!

 家長としての父の威厳が低くなっています。威厳があればいい、というものではないですが、しかし、なんなんでしょうか...

 小さいころから「命の教育」を継続的にしていく必要がありますね。

日本語研修課程に在籍する留学生への英語の授業

 明海大学には、日本語研修課程(別科)というプログラムがあります。この別科は、日本の大学や大学院に進学したい留学生が、日本語を勉強するためのプログラムです。

 別科で優秀な成績を修めると、明海大学の学部(外国語学部、経済学部、不動産学部、ホスピタリティー・ツーリズム学部)への推薦を受けることができます。

 別科を終えると、明海大学をはじめ、国立大学や私立大学の学部や大学院へ進学していきます。

 本日は、後期(秋学期)に入学した別科生で、選択科目「英語」を履修したい学生のクラス分け試験の日でした。今期は英語履修希望学生が多く、秋学期に入学した学生19名のうち、15名がクラス分け試験を受けました。

 英語は大学に進学した際には必要になってくるものですので、留学生にはぜひ履修して欲しい科目です。しかし、日本語を学びながら、さらに英語も学ぶのはとても大変なことです。

 別科では、現在2クラスに分かれて授業をしており、一つは英語を習ったことが無い、またはほとんど分からない学生のために日本語で行われるクラスで、もう一つはある程度の英語の知識がある中級者(intermediate)および上級者(advanced)の学生のために英語で行われるクラスです。

 日本語で行うクラスには、日本語も初めてでよく分からない学生がいます。

 今期からは、TOEIC受験を目指す学生に対し、これまでの授業とは別のプログラムを提供する予定です。これまで、授業の中でTOEICを全員に受けさせる試みはありましたが、留学生への経済的負担を考え、取りやめていました。今期からは、公式なTOEICを受けさせることはしませんが、TOEICのための問題集を教材として用い、学期始めと学期終了時で、どの程度の変化があるかを試行してみるつもりです。

離れ離れになった住民が再会、 SVTS【風組】が支援

 先日テレビの報道で、あちこちの仮設住宅に入居したために、同じ地域に住む方々が離れ離れになってしまった福島県飯舘村の住民が、一堂に会する機会を持とうと、19日にイベントが開かれました(朝日新聞の記事)

 参加した方は、「知っている顔が多く、避難する前のようでうれしい」や、「こんなに素晴らしい機会があるなんて、涙がとまらない」という感想を述べていました。

 実行委員長のインタビューをしている背景に、2tパネルトラックが映りました。トラックのドアには、大きく「風組」の文字がありました。


 SVTS【風組】とは、(HPより)

「2004年(平成16年) 新潟県中越地震をきっかけに知り合えたボランティアの方と協働して救援、復興に携わっています。」

「風組は、動力工具や重機などを活用した救援活動にずっとこだわり、災害ボランティアの高機能化を目指してきました。



 非常にフットワークが軽く、日ごろからトレーニングをして、講習会を開催したり、災害があった際には必要な資器材を準備して、時には危険地域にも入り、活動をしています。

 高い技術力、高い意識、高い行動力。 ただただ「すごい」です。

2011年度 後期の授業が始まりました

 明海大学の後期は先週の金曜日、16日から始まっていますが、金曜日は授業がないため、月曜日からが私の新学期です。

 明海大学では、一学期に15回の授業時間を確保するために、振替休日などで休みになりやすい月曜日など、休日を授業日にして授業時間数を確保しています。

 これまでは、「あー、あと数回あればなぁ~」と思うこともあったのですが、きっちりどの授業でも15回の授業があるので、少しでも多くのことを学生に伝えることができるとともに、学生も授業で課される研究に取り組む時間も増え、良い効果があります。

 学生は授業数が少ない方が喜ぶのですが... 

 今日は、「キャリア講座」と「教職総合演習」という授業でした。

 キャリア講座は1と2があり、前期は1、後期は2、となっています。1では、ボランティアということを考え、自らのキャリアにどのように活かしていくか、ということを考えていく授業で、2は、1で考えたことを念頭に、実際にボランティア活動をしてくることで、体験的に学ぶことを目的にしています。

 教職総合演習は、教員として求められる資質を育むために、課題探究能力、情報収集能力、情報分析能力、情報発信能力、問題解決能力などを高めるために、学生が自ら興味関心を持つテーマを見つけ、それについて深く調べ、必要に応じてアンケートやインタビューも行い、学期末にレポート提出とプレゼンテーションをすることになります。

 教職総合演習は、文部科学省のカリキュラム改正により、今年度で終了する科目です。

 「総合的」に学ぶ授業が無くなる。どういうことなのでしょうか???

  要するに、「総合的」に授業展開をして、学びを深めることを指導する教員が全国的にいない、ということなのです。大学は専門家集団です。ある事柄について、深く深く研究している人たち、それが大学教員の多くを占めています。しかし、「総合演習」の設置目的で求められているのは、幅広いテーマを扱い、そこから教育的な指導をしていかねばならないので、ある特定分野に特化している専門家には、どのようにアプローチしたらいいのか、大変難しい授業です。これを「1点目」とします。
 
 また、学校教育で行われている「総合的学習の時間」。これも学校での時間数が減らされました。その理由は後述します。よく、大学で総合演習を担当する先生は、「学校の総合的学習の時間を担当できるような教員養成のための時間」と誤解しています。これを「2点目」とします。

 「総合演習」とは、1997年7月の教育課程審議会で、「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について (教育職員養成審議会・第1次答申)」で以下のように設置する目的が述べられています。

**********
地球的視野に立って行動するための資質能力を育てる
◎ 人間尊重・人権尊重の精神はもとより、地球環境、異文化理解など人類に共通するテーマや少子・高齢化と福祉、家庭の在り方など我が国の社会全体に関わるテーマについて、教員を志願する者の理解を深めその視野を広げるとともに、これら諸課題に係る内容に関し適切に指導することができるようにするため、「教職に関する科目」として新たに「総合演習」(仮称、2単位)を設ける必要がある。

この「総合演習」においては、上記のような諸課題のうちのいくつかについて選択的にテーマを設定した上で、ディスカッション等を中心に演習形式の授業を行うものとする。授業方法については、履修学年等に応じ、例えば、可能な限り実地の見学・参加や調査等を取り入れるなどして教員を志願する者が現実の社会の状況を適切に理解できるよう必要な工夫を凝らすことや、幼児・児童・生徒への指導という観点から指導案や教材を試行的に作成したり模擬授業を実施することなども、期待される。
**********

 さて、教職課程を設置している大学は「教員免許課程認定大学実地視察」を受けます。

 この結果は、文部科学省のHPで見ることができます。平成20年度に関しては、ここ、さらに明海大学に対する実地視察大学の概要はここから見ることができます。

 総合演習を担当している教員が、それぞれの専門分野に引っ張ってしまっている例があることは、明海大学に対しても指摘されています。また、総合演習の設置目的を再確認し、それに沿った授業展開をするように求められています。

 これを受け、明海大学教職課程では、会議を重ね、3クラス開講していた総合演習のそれぞれを再点検し、授業内容の研究、分かりやすく、かつ総合演習の設置目的に沿ったシラバスの作成などを時間をかけて行い、文部科学省に「総合演習」から「教職総合演習」に科目変更の申請を出し、新たに出発しました。

 明海大学ではこのような取り組みをして、学生にとって有意義で、深い学びが可能となる総合演習を実施してきましたが、総合演習の設置目的に合致する授業を展開できる大学が少なかったのが原因だと私は思っていますが、結局、文部科学省は総合演習を必修ではなくしました。

 そして、「教職実践演習」という科目が2010年度入学生から新設されます。4年生の時に受ける授業です。

 総合演習は必修ではなくするけれど、完全に大学の教職課程の科目から排除する、ということを文部科学省では言っていません。選択として残すことは可能なのです。

 明海大学の高倉翔前学長は、文部科学省の各種委員や、中教審などでも委員を務め、総合演習の生みの親です。高倉先生は文部科学省の教員養成部会(平成20年開催)で、「実践演習は出口。総合演習はいわば入口。入口を廃止して出口を新設するのでは整合性をどう図るのか」ということをおっしゃっています。

 明海大学を含め、全国の大学にお願いしたい。総合演習を無くさないでください。

 教科教育法や教師論といった専門性が高く、教員を目指す者が持たなければならない技術や知識であることは間違いありません。しかしいわばこれらは「ハード面」であり、より広い知見を持ち、教職学生自身の「人間の質」を高め、より良い教育を実践していくための「ソフト面」の教育も大切です。

 総合演習は、そうった「ソフト面」を担当している授業である、と信じています。このような授業が無くなることは、学生の考える力、自ら課題を探求していく力など、教員として、いや、社会人として持つべき能力を育む機会が減ってしまいます。

 お願いします。総合演習を残してください。


 先に、「学校における総合的学習の時間の時間数減」についてですが、大学の総合演習と同じことなのです。
 現場の先生は、どうすればいいのか分からず、困っているのです。

 総合的学習の時間は、国として、「これを教えてください」という基準はありません。

 学習指導要領には、以下のように乗っています。

*****
第1 目標

 横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする。

第2 各学校において定める目標及び内容
1 目標
 各学校においては,第1の目標を踏まえ,各学校の総合的な学習の時間の目標を定める。
2 内容
 各学校においては,第1の目標を踏まえ,各学校の総合的な学習の時間の内容を定める。
*****

 なぜ「各学校」に任されているのか?

 地域によってニーズや状況が異なります。山間部の学校、海岸部の学校、都内の学校、地方の学校。それぞれ異なった環境に置かれています。

 文部科学省は、その場その場に合った内容を学校独自に決めて、授業を展開しても良い、ということで始まりました。しかし、指導要領で授業をすることに慣れていた先生は、何をどうやって扱えばいいか分かりません。そういう訓練を受けてきていないからです。

 結局、各学校の独自色を尊重しようとしていた文部科学省の目論見は外れ、「総合的な学習の時間」応援団のページなるものを作らざるを得なくなりました。

「総合的な学習の時間」応援団のページ
【所轄(推薦)府省庁別検索】
【50音順別検索】

 結局、文部科学省が望んだ効果が上がらず、また、PISAの調査結果で「日本人の学力低下!」と報道され、保護者は「科目教育の充実」を求めるようになり、総合的な学習の時間を教科教育の補講に使う学校も出現しました。

 もちろん、総合的な学習の時間を有意義な教育の時間として使っていらっしゃる先生も多くいらっしゃることでしょう。

 日本野外教育学会の会員で、小学校教諭は、児童に「水はどこからくるの?」と聞いたところ、「工場からくる!」という児童の発言を聞き、大変な危機感を持ち、総合的な学習の時間で川の取水口に行ったり、汚れている周辺流域をきれいにしようとしている市民団体の方から話を聞いたり、源流まで行くような、創意工夫、努力をされて授業を展開していらっしゃる先生もいらっしゃいます。

*****

 ...えー、読み返すとずいぶん脱線し、長くなってしまいました...

 「授業が始まりました!」の報告のつもりが...

 尻切れトンボ状態ですが、本日はここまで <(_ _)>


中山"くま"恵一

長野行き




今日は、卒業生を訪ねに、長野県にきました。

少し体調を崩し、実家で静養しているところなので、顔を見せに来ました。

白馬の実家からご家族と共に長野駅まで迎えにきていただき、昼食をいただきました。

食事中、電光気温表示で、36度になっていました。

それが、白馬では22度。湿度も低い!

スキー場があるので、ゴンドラがあり、動いています。ゴンドラを下りたら開放感あふれる風景、一部が輝いて真っ白になっている自然の不思議さを感じる雲。二人でゆっくりした時間の中で、ゆっくりと話をしていました。
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長野オリンピックのときのジャンプ台にも行きました。右がラージヒル、右がノーマルヒルです。
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ラージヒルが完成した後、恐らくオリンピック後だとは思いますが、着地をするための斜面を高校生4人がソリを使って滑り降りたそうです。

一番手前の壁に激突し、1人が重症、3人が死亡したそうです。

その後も同じような事故で、高校生2人が死亡したそうです。

なぜそのような事故が起きるのでしょうか?

高校生が無茶をしたがったのだから、仕方がないのでしょうか。

確かに若さゆえの無謀な行動はあるでしょう。

どの程度滑って、スピードが出るのか。想像がつかなかったのでしょう。

では、徐々に試してみることはできたのではないでしょうか?

でもしませんでした。

親のしつけや学校の指導が不十分だったからでしょうか?

いや、その考えは短絡的過ぎます。

そもそも、高校生になるまで、何が危険で、何が安全かを観察し、判断する力を育むことができていなかったから、このような事故が起こるのです。

 限界を知らない、加減を知らないのです。だから、ケンカをしても相手が死んじゃうまでやっちゃうんです。

言われたことに従うだけのマインドセット、危ないからあれしちゃだめ、これしちゃだめ、の子ども時代。

そんな生活を送らされてきているのに、「自発的に、主体的に」とか「自ら考え、判断し、実行する力を」ですって?

無理無理!

こういうことを言う人は、子どもたちが置かれている現状を無視し、現状と矛盾した理想論を言っているだけの気がします。

遊ぶ時間も場所も方法も持ち合わせていない子どもに、主体的に考え、独自の考え方を持つなんて、どうやって実現するのですか?

間違えさせましょう。

ケガをさせましょう。

そして、なぜそうなったのかを考えさせましょう。

そして、今後同じことが起きないようにすればいいかを考えさせましょう。


…………

写真のバスは、卒業生の実家が持っている大型バスです。

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全長は12mあり、いわゆる観光バス、高速バスと同じです。

このバスを私が運転して、ゴンドラに乗りに行ったり、ジャンプ台を見に行ったりしました。

12mバスは初めてだったのですが、車幅感覚は問題なく、車長も曲がるときに気にする程度でした。

楽しい!

エンジン音
サスペンション
ブレーキ音
クラクション
曲がれなそうで曲がれるステアリング

いぃですねぇ~

個人的趣味に走ったコメントでした。

各地からの警察が未だに活動

 自衛隊が撤収し、警察も撤収を始めているのかと思いましたが、まだまだ応援の隊が入っています。

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 まさかパトカーだけ借りている、なんてことないよね?

 いまこれを打ちながら、「パトカーもずいぶん流されているだろうし、あながち、間違いとは言えないか…」と思いました。


 テラセン前の県道、国道6号線、国道4号線(岩沼市、名取市)でみたパトカーです。


警視庁

兵庫県警

富山県警

静岡県警


お疲れ様です(`∇´ゞ

9月5日 活動 【Update 写真追加、内容加筆】

 午前は、近くのお寺の会長さん(檀家の?)の自宅の片付けです。
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落ちてきそうな天井は、安全の観点から落とします。落とすと、天井裏に溜まった砂がザーッと落ちてきます。

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このお宅は解体することにしているのですが、床上げや壁はがしの練習に使うため、きれいにします。

他にも、解体するのにキレイに片付けるお宅も多いです。


 食器戸棚や、
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 ピアノも出します。ピアノは重すぎたため、ユンボで吊って運び出しました。
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家族の方は、町が解体するまで、被災し、家具が倒れ、流され、家の中にガレキと言われるもの、海砂が入っている状態、それを見続けなければなりません。

とても辛いことです。

ですので、テラセンでは、家主さんからの依頼があれば、解体する家であろうとキレイにし、家族よろこんで頂きたいのです。

先ほどの会長の自宅ですが、今日から天理教のボランティア団体である「ひのきしん隊」が入り、一緒に建物から壊れたもの、ピアノ、泥などを出しました。
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夕方にこの作業を終え、私は3月11日以来、倒れたままになっていた普門寺の外壁の基礎部分を起こす作業をしました。

長く重い基礎を立ち上げるためには、上から吊るのではなく、基礎の下を堀り、倒そうということになりました。

 基礎の下を掘り終え、長いので住職のユンボと一緒にせーのっせ!で倒すつもりが、自重でどーんと戻りました。
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あまりのあっけなさに、爆笑してしまいました(^_^)


 夕食は、テラセンから遠くない場所にある和食レストランに住職と行き、「はらこ飯(めし)」と、アナゴの天丼を食べました。
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 はらこ飯は、サケをさばいた後の頭や骨などからダシを取り、そのダシでサケの切り身を煮て、ダシと切り身をご飯に混ぜて炊き、炊き上がったらイクラを載せてできあがりです。この地域の名物料理です。初めて食べました。おいしかったぁ~

9月5日朝 宮城県 磯浜地区 【写真追加】

 「遅すぎでしょ!」なのですが、テラセンでの活動で、投稿するつもりがしていなかったものをアップします。

………………

 宿泊するところが、ある方のご配慮により、テラセンまで15分のところになったので、朝、テラセンへ向かう前に、県道38号線を南下しました。

福島県との県境がすぐの宮城県磯浜地区です。

切れた堤防の修復作業が行われている前に、花が咲いていました。
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写真を撮っていると、人が大好きな犬の散歩をしている方から、「根性トマトがあるよ」と声を掛けられました。

すでに3つが熟れすぎて崩れていましたが、まだ青いトマトがついていました。
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この方は、海にすぐのところで、高台に住んでいらっしゃいますが、今は仮設におり、毎日片付けに来ているそうです。

津波の時は、平屋のご自宅は天井まで水が上がったそうです。

地震後、近所の人に「逃げた方がいい」と伝えて回ったのですが、「大丈夫、チリの時もなんともなかったし、水は上がってこないよ」と言われ、多くの方が避難せず、津波に流されてしまった、とのことです。
この方はすぐに、30~40人が逃げてきた高台に逃れたそうです。

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逃げようと声を掛けたが「大丈夫だよ」と言って、津波の被害に遭う。そんな話は、あちらこちらで聞いてきました。

「大丈夫」という思いは、これまでの経験に基づいたものだとは思いますが、「万が一」という思いはなぜ生まれてこないのか?

一言で言うならば、住民の危機意識の希薄さに起因するものです。

では、危機意識を住民が持たない/持てないのは、住民の責任なのでしょうか?

 違います。危機感を持つように平時から意識を高めるような機会がなかったから、仕方のないことです。
 ではどうすれば住民の危機意識を高めることができるのか?

誰が音頭を取るべきなのでしょうか?

行政です。

 地域の自治会が自主的に訓練しても良いことですが、全住民の安心安全は、行政が取り組まなければなりません。

ハード面の充実と共に、ソフト面でも関心を高めるような取り組みは必須です。

私がこれまで活動してきた地域でも、「大丈夫たよ」と言って被害に遭った方が多かったです。

ある地区では、海沿いに設置された防災無線が機能しませんでした。理由は、ある建物の屋上に設置された防災無線のアンテナが折れ、無線が送信されなかったことにあるようです。

ソフト面の整備が遅れているだけではなく、物理的な設備、ハード面もしっかり整備されていない状態で、どのように住民の安心安全を守るのでしょうか?

各自治体に、非常時に稼働すべき設備の点検、耐震性の確保を定期的に行い、都道府県や国に報告させ、ミスや虚偽を見付けるシステムの整備は必須です。

学びましょう、失敗から。

第3回国際SATヘルスカウンセリング会議

 本日、第3回国際SATヘルスカウンセリング会議での発表をしてきました。

 代表で筑波大学大学院宗像恒次教授の基調発表、「ユニバーサルヘルスを広めるための簡易版SATの適応性」から始まり、子育て支援とメンタルヘルス、学部生におけるメンタルヘルス、震災被災者支援、のカテゴリーでそれぞれ発表がありました。

 私は、最後のカテゴリーでした。

 発表10分、質疑応答5分でしたが、聴いているみなさまに伝えたいことがたくさんあり、写真もたくさん用意してしまい、始まる前から「これは延びるな...」という発表素材でした。 ほんとはそんな資料を作ってきてはいけないんですが...

 案の定、発表時間は過ぎ、質疑応答時間に食い込み、結局は質疑応答時間も短くなってしまう、というタイムキーパーや座長泣かせの発表をしてしまいました。 ごめんなさい <(_ _)>

 「被災地における人の絆」(原題: Human bonds at the devastated area -the Great East Japan Earthquake-)というタイトルで発表をしました。

 これまで、福島県いわき市、南相馬市(2回)、宮城県亘理郡山元町(2回)で活動をしてきましたが、その経験から、被災地・被災者支援を行う者として、どのような点に注意すべきか、どのように活動をしてきたのか、どのように人と人とのつながりを意識しながら活動したのか、ということを考察し、発表しました。そして、各地域で分断されてしまった人と人とのつながりを再構築していくには、今回の発表では特にボランティアとの間でどのような人間関係を構築していくのか、どのように構築していくのか、の点について言及しました。

 ボランティアは、被災された方々を引っ張るのではなく、被災された方々のニーズを伺い、そのニーズを充足するように、ボランティアが被災された方々と一緒に協働して進めなければならないことも留意点として挙げました。

 紹介したいエピソードなどたくさんあったのですが、時間切れでした。

 質問として、「もっとも印象に残ったことはなんですか?」というものを頂きました。
 答えとしては、「公式発表されているものと現場の実状、実態は大きく異なることに驚きを感じた。市のHPには水道は開通したことが述べられているが、茶色の泥水が出てくるだけで、飲めない。確かに水は開通しているので市の発表はうそではないが、役所と現場のかい離を実感した」

 別な答えとして、「子どもがうるさくしたり、避難所に来てから歩けなくなったお年寄りがいる家族は、不便を承知で自宅に帰らねばならない。そのような人たちへの公的な食糧支援などは行われていない」

 また、行政の公平性の限界についても話しました。広く、一律に、分け隔てなく、が行政の大原則です。ですから、支援物資が避難している人数よりも多くなければ配らない、という判断が「公平」なんです。食料で賞味期限があるものは賞味期限が切れたものは廃棄しており、避難所以外に移り住んだ人には配布されていません。

 別な機会があれば、今回発表しきれなかったことを発表していきたいと思います。まずは来週から始まる秋学期の授業内で学生に見せて、何かを感じてもらいたい、と思っています。

中山"くま"恵一

支援活動についての学会発表


 明海大学の同僚教員から、東日本大震災に関して私が行ってきた活動の報告を学会でしないか、とお誘いを受けました。

 実際に行った者として、広く状況を伝えることが責任であると思い、発表させていただくことにしました。

 今回の学会は、ヘルスカウンセリング学会というもので、ストレス軽減や精神的、心理的により良い生活を送っていくにはどうすればよいか、ということを研究のテーマにしています。

 私が発表するのは、夜に開催される第3回国際SATヘルスカウンセリング会議です。 15分間の英語での発表です。

 私はこれまで、福島県いわき市、南相馬市、宮城県亘理郡山元町で支援活動を学生と共に行ってきました。その中で、支援に入る人が、被災された方々と接する際、どのようにすればよいのか、より被災された方々が不安や悲しみを軽減するお手伝いができるか、ということを考えながら活動してきました。

 日帰りで物資をお届けしたときは「お届けする」ことが第一目標であったために、被災された方々とゆっくりお話をすることが時間的な制約でできませんでした。GWに南相馬市に泊まりで入ったときは、単に届けるのでは配達人と一緒ではないか、という話になり、ではどうするか? 物資は余っても良いから、話をゆっくり伺い、寄り添う気持ちで被災された方々と接して行こう、ということになり、伺ったお宅でゆっくり時間を使い、また、人手が欲しそうなところでは、片づけなどの活動をしました。

 山元町でも、テラセンという組織の中で活動をしていましたが、被災された方からの希望、ニーズ、それらを充足させつつ、話を伺ったり、こちらの話をしたりして、少しでも元気になっていただければ、と考えながらの活動でした。ある被災された方は、「関東から来てくれた若者、様々な分野を勉強している人たちと会って話せて、とっても楽しく、エネルギーをもらった気がする」とおっしゃってくださいました。

 支援活動をしている者にも、実際に被災した地域に入り、活動し、被災された方々と接することで、テレビなどの報道では分からない「空気」を感じ、また、いかにひどい被害があり、被災された方々が吐露された気持ちを直接聴くことで、「対岸の火事」だったものが、わがことのように思えるようになりました。

 「人とのつながり」というテーマで話をしてきます。

同時多発テロから10年

一日遅れになりましたが、アメリカ同時多発テロから10年が経ちました。

当時、私はミネソタ州に住んでいました。

2001年9月11日の朝、日本にいる姉からの電話で起こされ、テレビをつけろ、とのこと。

CNNをつけると、戦争映画が流れています。

「この映画、なにぃ~?」と寝ぼけた私は聞きました。

「ニューヨークが攻撃されているんだよ!」と姉。

チャンネルを変えてもニューヨークの映像が。

やっと目が覚めました。

テレビでは、10機以上と連絡がつかず、ハイジャックされた可能性が高い、と言っています。

その日、ミネソタ大学は休講になりました。

当日誕生日を迎えた友人と、ステーキを食べに行きました。ガラガラでしたし、話題はニューヨークのことばかりでした。

当時、全米で最大のショッピングモール、Mall of America (メガモール)も攻撃されるのではないか、中西部でシカゴの次に大きいミネアポリス市も攻撃されるのではないか。

色々な人が色々なことを言っていました。
メガモールは、後の炭そ菌騒動のときには、不審物や攻撃情報により、たまに閉店していました。


当時はタクシーも、バスも、パトカーも、アパートの入口にも、「団結しよう!」と書かれたアメリカ国旗のステッカーが貼られ始めました。

ナショナリズムを感じ、社会の潮流に怖さすら感じました。

中東系の人のタバコ店が襲われたり。

私のアパートの大家はいい方なのですが、「外国人はアメリカから出ていけばいいのよ。別にこっちが頼んでいる訳ではないのだから」と私に言いました。

いま、歴史になりかけている同時多発テロを小学校で扱うか、扱うならどう扱うか、議論になっているようです。

果たして中立に、特定の人種や宗教に対する差別や偏見を持たせないようにしながら、テロの背景をしっかり児童に教えることができるのでしょうか。



テロ後の報道は、パールハーバーへ奇襲攻撃を仕掛けた日本を比較対象に挙げて、「パールハーバーを振り返る」というような特集を組んだりもしていました。

しばらく経ち、飛行機の発着が再開され、初めてニューヨークを離陸しようとしている飛行機の後ろ姿が生中継で映りました。

スタジオでは3人が話ながら、「あの白いのはどこの航空会社だ?」と、ジャンボジェット機を話題にしています。

しばらくすると、「え?日本の航空会社?パールハーバーの話をしていた後で、初めてニューヨークを発つ飛行機が日本のだなんて、なんと象徴的でしょう」ですって…

感じ悪い… あなたの知的レベルを疑ってしまいますよ。

アメリカ人の結婚式に行ったとき、日本人は私一人だったのですが、酔った新郎の友人が大きな声で、

「パールハーバーを忘れるな!」

ですって… はぁ…

カウンセリング講習会

今日、明日とカウンセリングの講習中。土に触れる効果についての話がありました。テラセンの「みんなの農園プロジェクト」の裏付けになるかも!

日本の原風景




私が「日本の原風景」としてイメージする風景に出会いました。

「これっ!」という風景を撮ることはできませんでしたが、以下のような風景です。写真になっていた場合、の説明です。

・左奥から右の方にかけて、山が裾野から広がる平地を取り囲んでいる

・平地は田んぼか畑

・昔ながらの農家が、写真左に入っている

・空は快晴

・今回は見えなかったが、鳥(トビ?)が空を旋回している


こういうイメージにぴったりの風景が、東北道と常磐道を結ぶ磐越自動車道で見ることができました。


夜中に浦安へ到着し、今日の予定をこなすつもりだったのですが、

1. 私がイメージする原風景に出会いたかった

2. 予定を一日間違えていた

3. 車の左側を磨かなくてもいいのに磨こうとしていた

4. たいして速度がでないから走行車線を走っていればいいのに、私の本能がそすさせるのか、追い越し車線を走りたがってしまう

5. 青山学院大学の神父が企画して実施している座禅会に一度だけ行ったときに、「何も考えない『無』」に入れず、色々と考えてしまって、逆に心が乱れるようだったのに、昨夜は何度となく運転中に「無」になれたこと

このような理由から、の~んびり行くことにして、原風景を見ることができました。


今夏の支援活動、終了しました

今夏の宮城県亘理郡山元町、テラセン@普門寺での活動を終了しました。


ブログ、Twitter、Facebook、mixiでご覧いただき、声援をいただいたり、支援金をお送りいただいたりし、ありがとうございました。

スケジュールや状況が許せば、テラセンに戻ってきたり、物資を送ったりする予定にしておりますので、支援のお心をお預かりさせていただけましたら、被災した地域、被災した方々に直接的、間接的な支援につかわせて頂きます。

引き続き、ご協力をお願い致します。

中山恵一

みんなの農園プロジェクト


町から委託された業者が、「みんなの農園」予定地の草をきれいにしてくれています。しかし、問題があります。

草は根から回収するたごときれいになるため、簡単には再び生い茂ることはありません。しかし、根についた多くの土・砂が草と一緒に撤去されてしまいます。

草がなくなった畑を見て、住職は「低く」







活動継続中です!

5日、6日と、ブログの更新ができていません。

体調は問題なく、更新するネタもあります。

携帯からブログに送るのに、打つのに時間が掛かってしまい、コンピュータをインターネットに繋ぐことも出来ずにいます。

更新までしばらくおまち

中山"くま"恵一

勝浦合宿の忘れ物



バスの中に落ちていました。

心当たりの人は、連絡をください。

中山"くま"恵一

9月4日の活動







写真はありませんが、住職の友人が材木を扱う仕事をされていて、商品にならない木材、コンパネ、石膏ボード、水、玉ねぎを寄贈してくださいました。大量です!


今日は、栃木ボランティアネットワークから来た人、mixiのコミュニティで来た人が入り、本堂の床板を外し、床下から砂出しをしました。

私は昨日からの継続で、亘理町在住の八重樫さんと壁はがしを行いました。

石膏ボードの壁はすべてはがし終わりました!

また軽トラック満載になりました。

壁に掛かっていたガラス張りの飾り物をはずしたら、松ぼっくりが出てきました。

驚くばかりです。

被災した方の仮の宿泊テント



かなり大きなテントです。山元町役場の敷地内に設営されています。

震災後、避難してきた方を収容するために設営されたテントです。

空きが出始めてからは、山元町社会福祉協議会(社協)ボランティアセンターで活動する人は、このテントで泊まることができるようになりました。

しかし、自分のテントを設営することは禁止、社協のボランティアセンターで活動しない人は利用不可、役場横に設置されている仮設トイレもボランティアセンターで活動しない人は利用不可。

山元町のJR常磐線東側、海側は立入制限地域に指定されていたので、社協のボランティアセンターは海側では活動できません。

しかし9月1日に指定が解除されたことで、多くのニーズが集まることでしょう。

しかし、しかし、数日前にの段階では、9月20日でボランティアセンターを閉鎖すると告知がされていました。


話がかなりずれました。

写真のテント、捨てる方向らしいです。

WEP 国連世界食糧計画 のテントが写真左に写っています。まだテントはありますが、中身は無いことを願うばかりです。

コミュニティFM



山元町役場の敷地内に、コミュニティFMが開設されていました。

コミュニティFMの特徴は、地元の人が必要としている情報を集約し、発信できることです。

町からのお知らせ、行事、震災関連情報、などなど。

聴いたことはありませんが、様々な情報の基地となり、住民が必要としている、または役に立つ情報が提供され、頼りになる放送局であるといいですね。

山元町はいちごの産地で有名と聞いています。放送局名が「りんごラジオ」なのはなぜなのでしょう。


県道38号線沿い


 テラセンがある県道38号線を南下しました。

 道路標識が落ちています。
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 津波の被害にあった農機具が搬出されています。
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震災直後には、まだ使えそうな農機具が多く盗まれたそうです。
また、常磐線の線路も、ガスバーナーを持ってきてトラックに積み込んで運び出すための長さに切って、持ち去られたそうです。目撃した方から話を伺いました。

 道路の下を通る用水路のトンネルが壊れ、逆流を防ぐバリアが張られています。
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 道沿いにある常磐山元自動車学校には、破壊された自動車が集められています。
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 坂道発進の練習をするための坂の上から撮りました。
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 道には「スクールゾーン」と書かれ、学校が近いことが分かります。
 もちろん、今は一人も歩いている人はいません。
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 学校に行く直前にお墓がありました。まったく、誰の手も入っていない墓地です。誰かが管理していることとは思いますが、先祖のお墓がこのような状態になっている姿を見たら、家族の方はきっと気分が落ち込んでしまうことでしょう。
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 山元町立中浜小学校の体育館です。壁が壊れ、中を見ることができました。床が見たこともないような、ありえない壊れ方をしており、高く折れ曲がっています。
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 校舎は、高いところまで窓枠のサッシが曲がっているのが分かります。
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学校の校庭にも、破壊された自動車が並べられています。あり得ない壊れ方をした自動車が数多く保管されていました。
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道路はひび割れ、橋が落ちています。
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 このように、まだまだ手つかずのところが残っており、被災された方からのニーズも多くあります。

 少しでも、「行ってみようかな」と軽くても思って下さる方がいらっしゃれば、ぜひ一度、日帰りでも来てみてください。

お気に入りの一枚 その2 (二枚じゃん!)

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以前のブログにも登場しましたが、普門寺の住職です。

「住職らしさ」が何かは分かりませんが、たぶん、この写真に写っている人は「住職らしくない」人だと思います (^_^;)

でもすごいんです、住職は!

住職は、被災した直後から、一人で寺に戻ってお墓を直したり、砂を撤去していました。そこに下の写真左側、テラセンセンター長の藤本さんが一人で手伝いに入り、少しずつ支援活動に加わる人が増えて行きました。

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当初に比べれば多くのボランティアが入り、そしてリピートしてくる。それは、住職の人柄や考え、行動が人惹きつけるものがあるからです。

お気に入りの一枚

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この写真は、津波で流出したお骨が、海砂と混ざったために、墓地周辺に堆積していたお骨と混ざった海砂を積み上げた山で、プランターの花に水をあげている場面です。

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