スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タンクの補修

 今日は、昨年の「ボランティア講義」を履修した学生が、水を運ぶためのビニールタンクを修理してくれました。

 何人もきてくれたことがうれしかったです。「何か役に立とう」という気持ちで参加してくれました。

 ボランティア活動は、現地に行って活動するだけではなく、その裏には行くための準備、情報収集などのバックアップも大切なボランティア活動です。

 いまだ十分な資金と物資がないために、今週は出発するための準備の日々に当てます。

中山恵一
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

南相馬市での活動の映像

4月6日に福島県南相馬市鹿島区を中心に活動してきましたが、我々が辿ったルートと同じルートで、地元テレビ局が「これまで伝えきれていなかった被災地の現状」を取材していました。

その途中で、我々の活動が取材され、放送されました。

その番組をアップして下さった方がおり、現在、観ることができます。クリック 

*****

我々がなぜ取材されたのか?

これは、いかにボランティアが現地に入っていないかを表していると思います。

もし他にもボランティア活動をしている人がいるなら、取材対象はなにも我々でなくても良かったはずです。

番組最後にアナウンサーが言っていましたが、行政から物資が自宅に戻ってきている方々に配られていない現状がありました。


4月22日 午前0時から、原発から半径20キロ以内が退避区域から警戒区域となり、立ち入り禁止になりました。入ると法律違反となり、罰金10万円や拘留される可能性があります。

「窃盗などを防ぐための措置である」とのことです。

ならば、自宅に物を取りに帰りたい人の出入りを記録すればいいじゃないですか。

一時帰宅は各家庭1人でバスで集団で移動し、滞在できる時間は3時間しか許されず、持ち出せるものも必要最低限のものだそうです。

夫婦で避難している場合、もしご主人が一時帰宅で自宅に帰っても、通帳やハンコは奥さんが管理していることが多いでしょうから、どこにあるかを聞いてはいても、探さなくてはならないでしょう。もし地震で倒れていたりしたら、探すのにもっと時間がかかることでしょう。夫婦で探せば、時間も短縮できるし、一人では思いつかないようなものも持ち出すことができるかもしれません。

治安対策のためという警戒区域の設定、一方で住民が自分のものを取りに行くことを厳重に管理し、制約をかける方針。

私の頭では、どうしてもこの矛盾を解釈することができません。

*****

今回の警戒区域設定により、屋内退避区域からも住民が離れて行くかもしれません。残る人は少数かもしれません。

少数になると、行政などからの物資はより届かなくなってしまうのではないでしょうか。大人数に効率的に配布した方が、人手が少なくて済むからです。

また、ボランティアで入ろうとしている人の警戒心を高めてしまい、今でもボランティアが少ないのに、さらに南相馬市に入ろうとするボランティアは減ってしまうのではないでしょうか。

でも、住んでいる人がいるかもしれない。

行かなくては!

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

物資、義援金

 現在、GWに被災地を再び訪れる計画を立てております。

 南相馬では、インフラが回復してきたり、商店も開き始めているそうです。

 しかし、海側の被災地は、いまだに手つかずの状態とのころです。

 GWにも、前回と同じように、水や日持ちのする食料を調達して、回り切れなかった場所や、前回行ったところを再度個別に家を訪問したり、流されたものを探しに被災地へ戻ってきている人などに配りたいと考えています。

 GWが終わると、夏休みまで休みがないために、夏休み前最後の訪問になると思います。


 このブログをお読みいただいている方に、物資や義援金を私に託していただきたく、お願い申し上げます。

 義援金は赤十字が大きな窓口となって受け付けていますが、以前のブログにも書きましたが、被災者には義援金は渡されていません。また仮にお金があっても、物資が少なくて買うことも難しい状態です。

 このままでは、津波で助かった命が失われてしまうかもしれません。
 
 そのために、物資や、物資を調達する資金、現地へ運搬するための資金をお預けいただけましたならば、責任を持って適切に使わせていただき、このブログでご報告申し上げます。

 個人でできる範囲を超えているのではないか、というご意見を頂戴したこともあります。確かに、義援金を募り、物資を集め、現地へ運んで配布すること。自分自身の資金で全額をカバーしてはいませんので、私一人の力、個人の限界、それを超えているかもしれません。

 しかし、先にも述べたように、いま生きている人がいる、生きていくために最低限の水や食料が届いていない、そういう方がいる現状、さらには避難所や倉庫には物資が届いているが、それを個々の住宅に届けることができない行政、そのような状況を考えますと、野外教育の知識や経験、器材を持ち、ミネソタ大学時代にカウンセリングのトレーニングも受けており、幸いにも賛同して物資や援助金を託してくださる方がおり、現地へ行くための手段がありますので、「動くことができる人間が動かなくてどうする!」という思いでこれまで行ってきました。

 本当に微力です。

 現地に行きたい。
 喜んでくださるとうれしい。
 役に立ったような気持ちがする。

 単なる自己満足な活動かもしれません。

 でも、現地には困難な人がいて、動ける人間がここにいる。

 「やろうじゃないか!」

 そんな思いだけです。

 もしご賛同いただき、物資のご提供や義援金を託して頂ける場合は、以下までメールでお知らせいただければ幸いです。

 メールアドレス  Nakayamak@meikai.ac.jp

 よろしくお願い申し上げます。

中山恵一



 

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

福島中央テレビ

 先日、南相馬市鹿島区で物資の配布活動をしていたところに、先日のブログには「報道の方」と書きましたが、福島中央テレビの取材班が通りがかりました。

 アナウンサーの須賀宣之さんが、南相馬市の現状と共に、今回の活動について書かれていますので、お知らせいたします。

http://www.fct.co.jp/announce/diary/suga/20110408


テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

新学期

 
 来週から栃木の大学で始まる授業以外は、今週から私が明海大学で担当する授業の新学期が始まりました。

 留学生が日本語を学ぶコースでは、母国へ帰った、または来日予定の学生が到着していないために、本来の学生数の2/3でのスタートだそうです。

 学部でも母国から再来日しない留学生が多いそうです。

 第一週目は、学部生は履修するかどうかまだ決めていない段階ですので、授業説明のガイダンスをしました。

 学内で会った昨年度の私の授業を履修した学生は、実家が福島で、家はなくなり、祖父母が行方不明だそうです。

 多くの学生が直接的、間接的に今回の震災の影響を受けていることでしょう。

 教員として何ができるか。

 今は精一杯授業をして、学生が私の授業から何かを感じ、考え、将来につながる一つのヒントにしてもらうことしかできません。

 浦安市は被災地域に指定されましたが、大学で授業をすることができることに感謝し、命や人生の意味とはなんだろうか。学生と一緒に考えていきたいと思います。

テーマ : 短大・大学
ジャンル : 学校・教育

義援金の使途

 今回お預かりしました義援金の使途を報告させていただきます。

義援金 123,143円

器材費  8,415円
交通費  6,700円
燃料費  17,998円
書籍費  4,300円
消耗品  24.204円
支援物資 72,993円
保険代 2,880円
自己消費 5,774円 (現地での食料など)

 以上、ご報告申し上げます。

 中山恵一

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

南相馬市での活動報告

長文になることをお許しください。

4月5日 夜 出発
4月6日 福島県南相馬市で物資配布活動

 今回は、卒業生2名、学部生1名と一緒に行くために、いわき市へ向かった以上に屋根に荷物を満載していきました。念のために、浦安市社会福祉協議会でボランティア保険(天災Bタイプ)に加入しました。

IMGP1375_20110410173138.jpg


 持って行った物資は、
水2リットル  11本
水タンク    約80リットル
麦茶      48本
おかゆ     40食
カップラーメン 510食
カップうどん  36食
カップ焼きそば 36食
缶詰      96缶

事前に福島県南相馬市、特に原町地区と鹿島地区で物資が非常に不足している、という情報がありましたので、南相馬市を向かうことにしました。しかし、南相馬市では水道も電気も復旧し、人手は足りないけれど物資は足りているという情報や、いわき市の方がまだ物資が不足しているのではないか、という情報もあり、また逆の情報もあり、行き先を決めることに悩んだだけではなく、「もしかしたらもう物資は必要ないのではないか?」という疑問を持ち始めました。

 ですが、自宅に戻っている人などには、きっとまだ物資は届いていないだろうと思い、計画通り南相馬市へ向かうことにしました。

 常磐高速道路から南相馬市へ向かう国道6号線は通行止めになっているので、東北自動車道から大回りして入ることにしました。

まず北部の相馬市の海岸付近に入りました。交差点には海から流されてきた土砂が乾燥して、ひび割れていました。
IMGP1384.jpg


元々は畑だと思われるところには海水が入っており、まだ引いていません。
IMGP1396.jpg


海沿いに走ろうとしても、橋が落ちているので行けません。またこの付近は、家屋の損傷がひどく、物資を配布する方もいないようなので、南下して南相馬市へ向かいました。
IMGP1400.jpg

IMGP1406.jpg


途中、自衛隊が拠点としているところもありました。
IMGP1410.jpg

屋内退避の地区が近づいてきたので、雨具とマスクを着用しました。
IMGP1416.jpg

元の海岸線は写真奥の山と山の切れ目のあたりです。
IMGP1422.jpg

今回も、いわき市のときと同様に、避難所へ物資を届けるのではなく、避難所にいない方々に物資を届けたい、という思いがありましたので、家があるたびに学生・卒業生が下車し、一軒一軒確認して、いらっしゃれば物資をお渡しし、いらっしゃらない場合は次へ、というように戸別訪問をして回りました。
IMGP1440.jpg

家に残っている方、家の片づけをしている方、流された家族の思い出を探しに家屋の倒壊現場に戻っている方などに、物資をお渡ししてきました。
IMGP1426.jpg

IMGP1523.jpg

IMGP1524.jpg

IMGP1590.jpg

IMGP1446.jpg

あるところでは、飼い主が分からなくなった犬を預かっている家族もいました。
IMGP1432.jpg

またあるところでは、お年寄りが地震・津波の状況や、昔の話をして下さいました。
IMGP1459.jpg

1階部分が壊れ、2階部分だけが残り、流された家屋です。
IMGP1447.jpg

非常に大きな岩が転がっており、横には破壊されたトラックがありました。
IMGP1483.jpg

海岸近くでも、破壊された車がありました。
IMGP1522.jpg

高台にある森の中に車が押し流されていました。
IMGP1509.jpg

道が無かったり、次に向かう場所を確認するために、自衛隊や警察の方に聞いています。この警察官は、福岡県警の警察官でした。北九州ナンバーの警察車両がいました。
IMGP1499.jpg

IMGP1548.jpg

IMGP1584.jpg

道路が寸断されています。
IMGP1517.jpg

ここもガレキで道がふさがっています。
IMGP1576.jpg

地域によっては、まだ行方不明者の捜索が始まっていませんでしたが、この写真の場所では、2日前から始まったそうです。
IMGP1554.jpg

その近くには、卒業記念のアルバムやボールが残されていました。
IMGP1568.jpg

IMGP1577.jpg

上空には、捜索のための警察のヘリコプターが低空で飛んでいました。
IMGP1430.jpg

撤去したガレキの集積場です。あまりにも大量にあり、次々にダンプカーで運び込まれてきます。
IMGP1529.jpg

あるお宅に必要な物資を伺いに行ったところ、逆に「これも被災者に渡してください」と、貴重な水とおにぎりを託してくださいました。
IMGP1579.jpg

海岸から3.5キロほど離れた国道6号線の横に、漁船が海から運ばれてきていました。
IMGP1592.jpg

きれいな夕焼けを見ることができました。
IMGP1603.jpg

最後に、南相馬市鹿島区大内地区の区長さんのお宅に物資をお渡しし、地区で必要な方に配っていただけるようにお願いしました。
IMGP1606.jpg

区長さんの奥様が作ったきゅうりの漬物を頂戴しました。
IMGP1614.jpg


**********

 被災地へ行ってみて、報道やインターネットでは水は開通しているとありましたが、まだまだ開通していないところもあり、開通していても泥が混じっており飲用には適さないところがほとんどでした。水はとても貴重な物資となりました。

 意外と好評だったのは焼きそばで、早くに無くなってしまいました。

 またお年寄りが多く残っていたので、うどんやおかゆが喜ばれました。

 缶詰は、どこでも必要とされていました。


 驚いたのは、今回お配りした皆さんの中で、「初めて救援物資をもらった」という方が少なからずいたことです。「義援金はいつ配られるか分からないし、いま必要なのはお金ではなく、水と食料だ」とのことでした。

 話を伺うと、避難所には物資は届いており、山の方に住んでいる人には、週2回の食料の支給があるそうですが、海側の方々にはまったく届いていない、とのことでした。

 途中で報道の方と会ったのですが、その方曰く、倉庫には物資がたくさんあるが、それを仕分けたり、配ったりする人員が少なすぎて、ただ置かれているだけの状態になっていることや、ボランティアが南相馬になかなか入ってこなくて人手不足になっている、とのことでした。

 自治体のホームページを見ると、「個人での支援物資はお断りしています」となっています。ボランティアについては、募集はしています。物資が多すぎるのか、ボランティアが少なすぎるのか分かりませんが、人手はかなり不足しているようです。

 最後に物資をお届けした区長さんの話によると、市からの物資支援(カップラーメン)はあるけれど、「戸数単位」での配布になっており、一人のところも5人のところも同じ数しか配られない、とのことでした。そこで区長さんは、一度自宅で預かり、把握している人数に合わせて、必要なところには必要なだけ配るようにしていらっしゃるとのことです。

 この地区には62世帯があり、22戸の方々が避難していたところから戻ってきているそうです。62戸の内、6戸が全壊、1階部分に被害がある家が20戸くらいとのことです。より海に近い烏崎地区では、120戸のうち、残ったのは8戸だけだそうです。

 心理面では、津波が襲ってきたときの話をして下さる方がいらっしゃいましたが、津波の話になると涙が出てきて話せなくなっていました。また、小さな女の子を持つお母さんが、女の子が津波の後から話さなくなり、やっと最近、真っ黒な津波が迫ってきたことを見たことを話すことができるようになったことです。お年寄りも、「今まで何度か天災に見舞われてきたが、堤防も作ったのに、役に立たず、すべて無くなってしまった」と声を詰まらせながら話してくださいました。

 今回は、あまり報道されない所を集中的に回ったからかもしれませんが、報道やインターネットの情報とは異なっている現状を見て、やはり現場に行かないと分からないな、と思いました。

 なお、今回の南相馬市と、前回のいわき市での様子は、http://nakayamak.dyndns.org/earthquake/でご覧いただけます。

**********

今回の物資配布に協力してくださった方々、感謝いたします。

義援金
 明海大学の仲間の森谷剛実くん、北田真奈美さん、及び結婚披露宴にご列席の皆様

 明海大学教職課程責任者 八木正明先生

 明海大学の先輩である比留間淳さん、青木実さん

 明海大学の仲間である関根幸一くん


同行者
 明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部 卒業生 旦保和也くん

 明海大学外国語学部日本語学科 卒業生 神田千裕さん

 明海大学外国語学部英米語学科 学生 大石真永くん

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

福島県南相馬市鹿島区へ行きました

 4月6日 水曜日 に、福島県南相馬市鹿島区に物資を届けてきました。
 
 海に近い地区を回り、自宅に残っている方や、津波で流された地区に住んでいて、流されたものを探しに来ていた人などに物資をお渡ししました。

 詳細につきましては、追ってお知らせいたします。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

多言語による情報

 しばらく前になってしまいましたが、ミネソタの友人を介し、多言語による震災情報のリンクをまとめた文書が届きました。

 あるメーリングリストには出したのですが、自分のブログにアップすることを思いつかなかったので遅くなってしまいましたが、多言語による情報を必要としている方や、他のメーリングリストに流していただける方は、ファイルをダウンロードして広げて頂ければ幸いです。

 書類のリンクは、以下の通りです。
http://nakayamak.dyndns.org/earthquake/



 以下は、メールの一部をコピーしたものです

**********

『災害と障害者・病者:東日本大震災』 http://www.arsvi.com/d/d10.htm

◆このたびの大震災に際し、寄せられた情報を
http://www.arsvi.com/d/d10.htm
(3月14日新設)とそこからリンクされるページに掲載しています。
生きるために、例えば人工透析や人工呼吸器の利用者たちなど、水や電気をより切実に必要とする人たちがいます。この苦難に際し、多くの人たちが経験・知識・技術を役立てよう、役立ててもらおうとしています。頻回に更新するつもりです。ご覧ください。
また情報をお寄せください。多言語対応のサイトへのリンクなども加えまた英語メールマガジンなどでも発信を始めたところです。
http://www.arsvi.com/a/eme.htm
http://www.arsvi.com/2010/110315eme.htm

テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

物資を入手しました その3

 本日は、おかゆ40食、缶詰96缶を購入することができました。やはり水は厳しく、500mlのペットボトルを8本までという制限でしか購入できませんでした。

 水は、自宅にある水用タンクや空いているペットボトルに入れるだけ入れて持って行くことにします。

 5日の夜に浦安を出発し、いわき市以上に物資が入っていないと思われる南相馬市を目指します。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

物資を入手しました その2

 私の授業を履修していた明海大学教職課程の大石真永くんが、地元で集めてくれた食料(麦茶48本、うどん36食、らーめん420色)を届けてくれました。

 あとは水が入手できれば、現地で最低限必要なものが揃うと思います。

 

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

物資を入手しました

 昨日までカップラーメンの購入数量制限をしていたというドンキホーテで、カップラーメン90個、焼きそば36個を購入することができました。

 水は数量制限があり、買えませんでした。
 簡易トイレはインターネットで見つけ、購入しました。いつ配達されるか分かりませんが。

 まだ車にはかなりゆとりがあるので、他に食料や水を入手できるところが無いか探してみたいと思います。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

最新記事
カレンダー
03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。