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物資の不足

 このブログをご覧になっている方、特に義援金をお預けいただいた方への現状報告をさせていただきます。

 4月4日の入学式前に、もう一度東北へ物資を届けようとしていますが、浦安近辺や、一緒に行く予定の神奈川の人の周辺には、物資が不足しており、大量に調達することが非常に難しくなっています。

 先日いわき市へ行った際には、水と日持ちのする缶詰やカップ麺が非常に喜ばれました。これらを入手しようとあちこち回っておりますが、水は家族1本限り(2リットル)や、カップ麺などが品切れです。

 被災地へ行った際に必要であろう簡易トイレも探していますが、浦安市は液状化現象により上下水道が被害を受けているために、浦安市民が離れたホームセンターまで買いに行っており、これも品切れになっています。

 ガソリンは供給が間に合ってきたようで、往復に十分な量を確保することはできました。

 
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

被災前・被災後の航空写真

オーストラリアのABCニュースに、被災前と被災後の航空写真がありました。

マウスを写真の上で左右に動かすと、被災前・後の姿が見れます。


http://www.abc.net.au/news/events/japan-quake-2011/beforeafter.htm

テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

義援金

 3月27日 日曜日 

 今日は、明海大学時代に学友会(学生自治組織、学校の生徒会のようなもの)で共に活動していた仲間である森谷剛実くんと北田真奈美さんの結婚披露宴へ招かれ、出席しました。

 新郎側の出席者は、森谷くんと私の共通の先輩である比留間淳さん以外は家族・親類で、新婦側も限られた数の友人以外はやはり家族・親族で、非常にアットホームな雰囲気の披露宴でした。

 光栄にも、祝辞を述べさせていただく機会を頂戴し、学生時代の森谷くんの活躍を紹介させていただきました。また、森谷くんからの承諾を得て、救援物資をいわき市へ運んだ話を紹介させていただき、今後の活動のための経費にさせていただくための義援金のお願いを致しました。

 披露宴後、比留間さんにもお手伝いいただき、義援金をお預かりしました。その結果、披露宴に出席された方々から5万円もの義援金を託していただきました。この皆様のお気持ちを大切にし、少しでも被災した方々のお役に立てるような活動の資金とさせていただきます。

 お金の使途については、追ってこのブログでご報告させていただきます。
 ありがとうございました。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

いわき市に物資を届けました

 今回のブログには、救援物資を被災地に届けた報告と、現代のライフスタイルについての考えを述べていきたいと思います。

**********

 大阪から送っていただいた救援物資を被災地に届けることにしました。福島県いわき市は、放射能の心配がある、という過度な風評被害により、物資を届けるトラックが極度に減っており、また、避難所に避難していなくて、自宅に残っているので物資が枯渇しているという地区もあることを知り、明海大学の卒業生である旦保和也くんと共に、いわき市へ向かうことにしました。

 事前に調べた情報で、いわき市の南部で特に被害がひどい小名浜地区と江名地区へ向かうことにしました。

 一昨日に大阪からの第3便で浦安に到着した物資と、筑波の倉庫に保管してあった大阪からの第2便の物資を車の屋根にも積んで北上しました。
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 常磐高速の出口に「小名浜」の文字が出てきました。
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 一般道路では多くの箇所が被害を受け...
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 川岸には打ち上げられたボートがありました。
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 街中に入っていくと、被害を受けた駅や...
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 あってはいけない位置にある車や...
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 流されただろうと思われる消防車がありました。
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 小名浜港では転覆した船や...
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 直売所が被害を受けていました。
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 小名浜で自宅を片づけている人たちに救援物資の提供を申し出ましたが、「江名の方がひどいから、そっちに回ってあげてください」とのことでしたので、江名を目指して北上しました。

 途中、道を挟んですぐ海がある永崎地区では、完全に倒壊している住宅や...
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 ファミリーマートがありました。
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 道路にはがれきや海から運ばれてきた砂が大量に散らかっており、二車線道路が一車線になってしまっていました。報道で「壊滅的」や「未曾有の災害」という言葉を聴いてはいましたが、実際にみると、「あー、確かに『壊滅的』だ」と感じざるを得ない状況でした。
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 小名浜港にいらした近くの住民の方に、最初の救援物資、水、米、懐中電灯・電池、マスクを差し上げました。その方が住んでいらしゃる地区は高台にあるため、住宅は津波の被害は受けなかったけれど、避難所には行かずに家にいるお年寄りが多いところだ、ということでした。
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 近くの指定避難所になっている小学校には水があるのですが、坂を下り、1キロほど歩き、また坂を上って学校に行くことが出来ない住人が多いので、その地区の集会所で、水、らーめん類、ティッシュペーパー、トイレットペーパーをすべて降ろし、物資が少ないその地域で配布していただくことにしました。
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 江名地区内にあるこの地区は、住宅がすべて流されてしまった海沿いの住民とは違い、住宅は残っているので地元でも「被災の少ない地域」とみなされ、救援物資がまったく配られないとのことでした。確かに住宅は残っています。思い出の品も流されてしまった方と比べたら、物質的な損失は少なかったのかもしれません。しかし、動くに動けないお年寄りが多く住んでいる地域に、「被害が少ない」というだけで物資が配られない状態は、果たして適当な判断なのでしょうか。

 大きな避難所、特に指定避難所では、行政からの物資の配給が重点的に行われています。しかし今回の目的は、積載できる物資の量にも限りがありますので、大規模な避難所に届けるには少なすぎる量でしたし、この地区のように、物資の配給が少ない、または無い地域へ物資を届けることでしたので、微力ではありましたが、その地区の方々のお役に立てたのならば良かったと思います。

 今回の物資の中でたくさんあった衣類や米、文房具、衛生用品、灯油は、子どももいる近くの避難所に届けたほうが良いだろう、と地区の方の提案で、そちらへ届けることにしました。

 この避難所には約130人が避難しているとのことでした。
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 全員に配布することを考えたら十分ではないこととは思いますが、この避難所には市の担当者も派遣されており、ある程度の物資は届けられていました。
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 車の中でラジオで聴いていたのですが、いわき市では物資が入ってこないために、避難所以外の住民への食糧や水を配ることができなくなったそうです。もちろん、避難所においても、十分な飲料水や食料があるというわけではありません。いわき市全体に入ってくる物資が、ほぼ止まってしまっているようです。

 インターネットに記載されていたいわき市で求めている物資には、衣類は含まれていませんでした。しかし、今回衣類を届けた避難所では子どももいたり、衣類も持ってきている人は少ないようなので、喜んでいただきました。電気が通っていましたので、この地域では懐中電灯や電池は必要度は低かったようです。


 これはいわき市ではなく、他の被災地の行政関係者が報道に語っていたことですが、地震直後には企業などからの大口の物資提供があったのが、最近は少なくなってきてしまっている、とのことでした。

 もう「冷め」始めてしまったのか、と考えると、とても先行きが心配になりました。

 避難所を出たころには完全に暗くなっており、空には満天の星空が広がっていました。一方、浦安へ戻ってくると星が見えません。夜が明るいのです。街灯が道路を照らし、アパート・マンションの廊下や階段には明るい蛍光灯が灯っています。

 授業の一環で長野県の山中で行うキャンプ実習を終えて都内に戻ってきたとき、学生が「まぶし過ぎる」と言っていました。やはり多くの電力を消費しているのは都会です。

 よく「元の生活に戻れますように」という声を聴きます。被災した方々には、確かに元の生活に早く戻っていただきたいと願っております。しかし、都会の人々にとっては、「元の生活」とは電気を無限に使い、蛇口を開けっ放しに手や髪の毛を洗ったり、多くの水で流すトイレなどの生活でしょう。

 財団法人 高度情報科学技術研究機構によれば、日本の総発電量の4割は原子力です。今回の福島原子力発電所からの放射能被害は甚大であり、管理・安全体制を根底から見直してもらい、想定外のことが起きることを想定した安全基準を策定してもらわなければなりませんが、「原子力は危ない、いらない」という流れになっていくと、日本の電力需要をまかなうことはできません。

 「元の生活に戻る」には、それを支えるためのエネルギーが必要であり、「原発は不要」の考えから行くと、「元の生活」には戻れないでしょう。

 代替エネルギーの開発、自然エネルギーの利用など、原子力の一部を置き換えることは必須ではありますが、「元の生活に戻す」ためには、原発を全廃するのは現実的ではないと考えます。

 ではどうすべきか? 

 原発を削減し、しかし生活を維持していくには、ライフスタイルを根底から見直さなければなりません。

 これまでの無尽蔵に、当たり前のように消費してきたエネルギー、水、森林などの資源の使い方を考えなければいけません。

 一度便利になってしまった生活を戻すのには、相当な覚悟が必要です。

 今回の災害によって被災された方は、意思とは関係なく生活を変えられてしまいました。被害が少ない、または無かった地域に住む人たちは、意志を持って、ライフスタイルの変革をしていくべきでしょう。

**********

 今回、被災地に物資を届けることができたのは、以下の方々のおかげです。

大阪からの物資が届く前に、千葉・茨城のために神奈川から燃料や、時には大阪・奈良からの物資を運んでくださったくらりんさん、ユキティモさん、

大阪の J's Racing に物資を託して下さった皆様

大阪から関東まで物資を届けて下さった J's Racing の梅原さん、三木さん、

物資の中継基地となって下さったじゃくうすさん、ぼっこさん、

仕分けを手伝ってくれた明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部の卒業生の米沢尚芳くん、

いわき市への運搬に帯同してくれた明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部の卒業生の旦保和也くん、

情報収集とルートの指示を出すなど、情報基地になってくれた私の同期の大川理くん、


皆様のおかげで、支援物資を被災地へ届けることができました。

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被災された方への支援

 大阪にある J's Racing という自動車のショップと、その関係者の皆様から、すでに3便の支援物資を届けていただきました。

 第1便で届けていただいた物資は、つくば市へ避難してきている方々が滞在している施設と、いわき市に物資を届けるという団体の2か所へ届けさせていただきました。

 第2便でお預かりした荷物は、東北への物資として、筑波の倉庫に保管しています。

 この写真は、第3便として届けていただいた荷物です。
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衣料品を多くお送りいただきましたので、現地で配布しやすいように、仕分けをしています。
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 車に積み込みました。
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 暖かいご支援の物資、確かにお預かりいたしました。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

計画停電中

浦安は計画停電中です。

コンピュータ、レコーダーなど、突然電源が切れると不具合を起こすものは、停電計画時間よりも15分ほど早く電源を切っておくことが良いと思います。

今日は予定より30分以上遅く、停電になりました。

不便ではありますが、ランタン、ロウソク、バッテリー駆動のコンピュータ。

キャンプみたいです。

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テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

ボランティアの現状、ボランティアセンター ~NHKの報道から~

 NHKで、被災地でボランティアセンターを立ち上げたところを取り上げていました。

 多くのボランティアセンターは、各地の社会福祉協議会が立ち上げるのですが、以下に紹介するボランティアセンターは、社会福祉協議会のボランティアセンターではありません。

 事務所・待機所となっているプレハブに並べられた椅子に、あふれんばかりの人が集まっていました。

 でも、実際にボランティア活動に出かける人は、ごくわずかです。なぜか? 「依頼がない」からだそうです。その一方で、一人で自宅の土間の泥をスコップですくっているお年寄りがいます。

 「依頼がない」から、多くのボランティアを待たせておくことや、ボランティアが必要な人に人手が行っていない現状をどう解決するか。ボランティアセンターの方は、「まだあまり知られていないからではないか」と言っていました。

 2つのことが見えてくる気がします。

 一つは、「依頼がない」から待機しているのではなく、地区ごとなどにボランティアを分けて出発させ、その地域でボランティアを必要としている人に働きかけをすべきなのではないでしょうか。

 もう一つは、日本人の性格、また特に地方の方々の性格から、「他人に迷惑を掛けてはいけない。自分のことは自分でやらねば」という意識を持っている人が多いのではないでしょうか。

 能登地震の際に、こんなことがありました。

 ボランティアセンターに依頼が入り、我々が依頼した方の家に行き、がれきの撤去をしていました。それを見ていた近所の人が、「あ、こっちも片づけてもらえると助かるんだけど」ということだったので、ボランティアセンターへ電話して、そちらも片づけていいかどうかを確認しました。そうすると、「依頼が入っているわけではないから、依頼されたところ以外は手を付けないで戻ってくるように」との指示です。

 なんとまぁ! すぐそこに、助けを必要としている人がいるのに、放っておいて帰ってこい、と! 

 指示は指示なので、その方には「ボランティアセンターへ依頼をして下されば、すぐに戻ってきますから」と電話番号を伝えることしかできませんでした。

 組織が組織として機能するためには、指示・命令系統をはっきりさせておくことは基本であることは分かっています。しかし、感情の部分で納得できないところがありました。学生は「やっちゃいましょう!」と言っていましたが、ボランティアセンターの名前の下で動いているからには、従うしかありませんでした。

 一方で、組織が組織であるために、柔軟性を失ってしまっている面もあると思います。今回のNHKの報道を観て、「告知が足りないならば、告知をするためのボランティアがあってもいいではないか」と思いました。

 日本の乾電池を製造している会社が所属している団体(「乾電池協会」のような名前だったと思います)が、被災地へ向けて乾電池を大量に確保し、いつでも出荷できる状態になっているのにも関わらず、発送できなかったそうです。

 自衛隊が輸送任務に就いていたので、自衛隊に運んでもらう予定だったのですが、政府は「自治体からの要請に基づいて輸送を行う。乾電池については、自治体からの要請がない」から、発送できずにいたそうです。

 一部のメーカーは、独自に発送ルートを確保して、現地に届けたそうです。

 被災者はラジオや携帯、懐中電灯など、電池を必要としていたのです。しかし、自治体は被災者の確認や、避難所の確保、物資の確保などで、政府に「乾電池が欲しい」という要請を忘れていたのか、思いつかなかったのか。

 しかし、このような緊急事態ですので、自治体が乾電池まで頭が回らなかったとしてもまったく不思議ではありません。

 政府は報道で被災地に乾電池が不足していることなど、すぐに分かっていたはずです。なのに「要請がない」から自衛隊を使えない??? 何かが間違っているとしか思えません。


 「要請がないから動かない」ということに関して、批判的な見方から、私の意見を述べてみました。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

浦安のボランティア状況

何か手伝えることがないかと思い、浦安市社会福祉協議会に連絡を取りました。

現在、連日1000名を超える人がボランティア活動のために集まっているそうです。大変な数です。それだけ、「何か自分にできることはないだろうか」と考えている方々が多いのでしょう。

浦安市は、報道されているように、被災地です。海側の「新浦安」と呼ばれる地域は埋立地で、ひどい液状化現象が起き、非常に大きな被害が出ています。浦安の被害については、http://luv-suy.jugem.jp/ に写真付きで紹介されています。

勤務校でも、通路の上にある雨よけが破損したり、ドアが開かない研究室もあるそうです。現在、安全確認のために立入禁止となっており、23日に予定されていた学位記授与式(卒業式)も中止になりました。

話は戻りますが、液状化現象で吹き上がってきた砂・ホコリが回収しきれずに残っており、粉じんのようになっています。ボランティアの方々は、その除去にも携わっているようです。JRの新浦安駅では、もうもうとホコリが立ち込めているそうです。


ボランティアについて、少し考えてみたいと思います。

自発的に、自主的に、様々な社会問題の解決に向け、行動することがボランティアの基本です。その意味では、浦安市社会福祉協議会に集まっている人々のボランティア意識は非常に高いものだと思います。

さて、1000人もいるとどうなるか? 収拾がつかなくなり、社会福祉協議会では混乱しているのではないか、と推察しています。1000人分の資器材があるか? おそらく無いでしょう。

ボランティア活動をするために集まった人は、もしかしたら活動できないかもしれません。

ここで、「せっかく来たのに、何もすることがないの?」と思ってしまう人も出てくるかもしれません。確かに、活動をするために集まったのだから、活動をしたい、という気持ちがあるのは分かります。

私自身、明海大学の学生と共に、能登地震の際に現地に入り、ボランティアセンターの管理下で活動をしました。しかし、車両を含めた資器材の問題、時間的な問題、管理上の問題などから、「待機」が非常に多くの時間を占めました。非常にもどかしい時間が過ぎていきました。

しかし、まずは安全第一。必要なところに、必要な人員を配置しなければなりません。特に、ボランティアセンターなどが設置されているところでは、保険の関係からも、そこの指示に従わなければなりません。

資器材、経験がある人は、保険のことなど関係なく、ボランティアセンターが立ち上がる前に、ともかく現地に入り、独自の援助活動している人も、今回の災害では多くいます。3年前に、DYEAという、デンソーが主体となって、環境・持続可能性に関する2週間のプログラムがありました。そのプログラムの中で、北海道の活動拠点となった施設の方が、活動しています。http://www.wakka.biz/wakka/shinsai.html

ボランティアが活動するに当たっては、受け入れ機関があるところでは連携し、それが無い場合には自己完結できるような準備が必要でしょう。水、食料、寝床などは自前で準備するべきです。援助者が援助品に手を出すようなことは避けなければなりません。

また、ボランティアに出向いても「待機」しなければならず、活動がない可能性があることも考えておかねばなりません。

今回の浦安市社会福祉協議会のように、あまりに多くの人がボランティア活動に参加を希望しているところでは、一歩下がって考えて、他の方法でできることを考えてみることも大切かもしれません。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

浦安のその後

浦安では、断水になっています。

筑波から水用ポリタンクに20リットル入れ、持ち帰ってきました。

新浦安地区での被害がひどく、地下の埋設管が損傷があるようで、マンホールが隆起している所もあるようです。

おそらく、その影響で断水なのだと思います。

新浦安地区にある私の勤務校では、23日に予定されていた学位授与式(卒業式)は、被災地域出身の卒業生がいること、参列者の交通の便を考慮し、また大学自体がまだ安全確認が済んでおらず、立ち入り禁止になっていることから、中止になりました。

卒業生には残念なお知らせですが、安全のための処置なので、仕方がないのでしょう。

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ジャンル : 福祉・ボランティア

授業用WEB

現在、WEBサーバーが設置されている浦安が、地震に伴う計画停電地域にあるため、WEBサーバーの運用を停止しています。

授業用WEBを見にくる学生のみなさんには不便になりますが、ご了承ください。

テーマ : 短大・大学
ジャンル : 学校・教育

東北関東地震

久し振りの更新が、この様な形になりますが、お知らせのためにアップします。

ミネソタを始め、各地より安否確認のご連絡をいただき、ありがとうございます。

中山家は全員無事です。

当日は神奈川におり、高速が通行止めになり、浦安に戻るためには一般道を通らなければならず、地震発生から半日以上経過してから帰宅しました。

自宅の被害は、テレビや本棚のものが床に落ち、ちゃぶ台がテレビの落下で壊れていましたが、それ以外は大丈夫でした。

その後、ブログなどで浦安は液状化現象の被害が多く発生していた写真を見ましたが、自宅はギリギリのところで埋立地ではないので、道路の被害もありませんでした。

実家の筑波では停電は起きず、計画停電の除外地ですし、発電機もあるので、電気の心配はありません。

一時期は断水しましたが、今では水道も復旧しています。しかし、泥が混じっており、飲用には適しません。ですが、姉の友人が大阪から物資を提供して頂いたので、飲料水も不安はありません。

ガスも出てきています。出なくなっても、どんな燃料でも使えるコールマン・ストーブもあるので、問題はありません。

15日の午後にスーパーに行ったところ、飲み物や乾物、菓子類は無くなっていましたが、野菜などは十分にありました。

緊急地震速報が携帯に頻繁に入り、地震も頻発していますが、幸い、筑波では大きな被害になっていません。

以上、ご報告まで。
中山恵一

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