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キャンプ実習 その2

 二日目の夜に、一時雲が切れ、星空になりました。食事も終わり、のんびりしている時間だったので、ランプの光を落とし、ただ静かに時を過ごす機会を持ちました。

 徐々に目が暗さに慣れていくと、漆黒の闇でしかなかったのに、誰がどこにいるのか、周りに何があるのかが分かるようになります。

 この場で、「名前の呼び方で距離感が変わる」ということを見ることができました。

 まだ親しくない友達同士で、相手をどうやって呼ぶのか、ということは大きなトピックです。「中山くん」と呼ぶのか、「中山」なのか、「恵一」なのか、「うーたん」なのか。

 この夜の時間に、「どうやって呼ばれたいか」ということを一人ずつ自己申告し、他の学生がその学生に対し、一言メッセージを発表し、必ず呼ばれたい名前を入れる、ということをしました。

 これが非常にいいものになりました。一言メッセージにより、相互理解が深まり、名前を呼ぶ・呼ばれることで親近感が出てきます。

 名前で呼ばれるのか、ニックネームで呼ばれるのかなどは、自然発生的に生まれてくるものかもしれませんが、限られた時間の中でプログラムなどを進める場合は、どう呼ばれたいか、どう呼ぶのか、ということを明確にしておくと、話しかけやすくなると思います。

 「きみさぁ~」と呼ばれるよりも、やっぱり名前で呼ばれた方がうれしいものです。

なかやま
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テーマ : 短大・大学
ジャンル : 学校・教育

キャンプ実習 その1

 7月に、明海大学で担当している「教職演習」で、キャンプ実習を行いました。この実習は、授業の一部として毎年実施しているものです。

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 長野県佐久市(旧望月町)の山中で2泊3日で実施しました。

 到着し、車を止め、外に出た瞬間から、まさにバケツをひっくり返したような大雨。小降りになったり、少し晴れ間が見えたりする時間はありましたが、三日間スッキリしない日々となってしまいました。

 炊事場がとてもきれいにリフォームされており、しっかりとした屋根が付き、雨の中でも食事の準備や調理ができました。しかしそこは、雨をしのげ、暗くなってくると明るい唯一の場所なので、見たこともないムシや蛾がブンブン飛ぶ中での炊事となりました。

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 天候が悪く、非常に風が強かったためにロッククライミングは中止にしました。立っていると危険な位に強い風で、こんな風は、風洞実験でないとできないのではないか、という程でした。

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 思い思いに各学生が時間を過ごし、新しい経験もしたようです。のんびりしたり、薪割りをしたり、その薪でごはんを炊いたり、お風呂を沸かしたり。

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 雨が降って、スッキリしない日々だったために、逆にのんびりと過ごすことができ、また雨の音を意識したり、自然に対しては人間は非力であることを感じることもできたのではないか、と思います。

「学生自身が自ら考え、計画し、実行し、振り返る」ということを大切にしたかったので、あれこれ指示を出すことをしたくなかったのですが、車を止めるところから山小屋まで歩いて数分、もちろん舗装などしていない道を大雨の中、荷物を移動したり、掃除をしたり、という状況でしたので、学生の「空気」が悪くなっていくのを感じました。そのため、初日は段取り、準備などで直接的な介入(行動の指示、自ら動く)をしてしまいました。

 「してしまいました」という表現をしたのは、本来ならば時間がかかっても、トラブルが起こっても学生に任せる、ということを基本方針としていたのに、直接的な介入をしたためです。

 ちょっと脱線しますが、「今考えると『あーしておけばよかった』や『なんであの決断をしたんだろう』と思う」というような、後悔をすることが時に起こると思います。

 「今」考えたら、確かに過去に下した決断や選んだ選択肢よりも良いものがあったかもしれません。それは「今」考えれば冷静に、客観的に考えられるからです。でも、「決断を下したとき」には「その時の自分の実力で、その場における最善の決断」をしているはずです。

 今回の私の場合も、「大雨が降っている」「前期試験直前である」「渋滞で時間が非常に長くかかった」などの要因を考え、「早くごはんを作って食べ、ゆっくりする時間を持つことが優先事項」と考え、介入しました。

 これが「今」考えたら、最善の方法だったか自信はありません。

 今考えると、直接的な介入をするのではなく、学生が自ら動き出すためのヒントとなるようなことを示すというような、間接的な介入でも良かったかもしれません。または、ヒントも出さず、ひたすら待つことでも良かったのかもしれません。

 ですが、当時は「介入する」という方法を選択しました。

 過去に下した決断の事実は変えられないのですから、過去を後悔し、過去に引きずられることは辛いことです。「いい」とか「悪い」といった判断をするのは意味がなく、過去の事実は客観的に存在しているので、それを受け入れ、次につなげていくにはどうすればよいかということを考える「振り返り」が大切なのではないでしょうか。

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